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海外から学ぶスポーツ科学 Vol. 3~S&Cコーチを目指すスポーツサイエンス・インターン記~

本シリーズの第2回目では、オーストラリアのスポーツ科学者Tim Gabbett やBilly Hulinによって紹介されたメソッドであるAcute Chronic Workload Ratio(ACWR: 急性と慢性負荷の割合)を紹介させていただいた。トレーニング負荷に対して耐えられるだけのトレーニングを積めているかという判断や、傷害発生リスクを予期する事により傷害予防に繋げるメソッドである。Acute Workload(直近1週間の負荷)をChronic Workload(その4週間の負荷の平均)で割った数値(割合)をトレーニング周期において、0.8-1.3(”Sweet spot”)に収まるようにマネジメントすると傷害発生のリスクを抑えられると言われている。

第3回目は、ACWRのマネジメントについて、海外で行われている研究を紹介させていただきたい。

1.Chronic Workloadの重要性


オーストラリアのスポーツ科学者Tim Gabbett やBilly Hulinらの研究によって、Chronic Workloadの重要性が示された。Acute WorkloadとChronic Workload、ACWRをそれぞれZ-scoreによる統計的分類により、Very-LowからVery-highまで分類し、2013-2014年シーズンのラグビー リーグ(13人制ラグビー)による傷害発生を調査した。8,177選手の練習数6,777、試合数1,400の結果から、ACWR: 1.03-1.74と推奨される範囲から逸脱したとしても、Chronic Workloadが高いと傷害発生リスクは減少すると報告されている。Chronic Workloadが高いということは、これまで数週間から数ヶ月に渡りトレーニングを積む事ができており、身体機能の向上や負荷に対する適応ができていると考察されている。そのため、ACWRによるワークロードマネジメントをする際には、Chronic Workloadに着目する必要があるとGabbett やHulinらは指摘している。段階的に負荷を上げることによってChronic Workloadは高くなるため、より強度の高い練習が実現できると同時に、傷害予防に繋がると考えられるからだ。

(写真1)Chronic WorkloadとACWRのZ-scoreによる分類
(写真2)High Chronic Workload, Low Chronic Workload + ACWRの比較

2.時間軸をどのように設定するか

時間軸(Acute WorkloadとChronic Workloadを何日で計算するか)に関しては、Acuteを7日、Chronicを28日に設定するのが最も典型的で、多くの研究にて適用されている。しかし、スポーツごとに試合や練習が行われるスケジュールが異なるため、「スポーツによって適した時間軸が存在する」という仮説の下、時間軸に関する研究が行われている。

ラ・トローブ大学で研究しているCareyらは、ACWRの時間軸に関する研究を行ない、アメリカンフットボールの傷害発生リスクはAcute: 3日、 Chronic: 21日が最も妥当性が高い時間軸であると報告している。従来の時間軸(Acute: 7日、 Chronic: 28日)と比較してもAcute: 3日、 Chronic: 21日の方が有効性は高かった(3:21 days : R2= 0.76-0.82 vs 7:28 days : R2= 0.53)。

アイルランド等の研究機関のMaloneらは、ACWRの時間軸をAcute: 3日、 Chronic: 21日と設定して研究を行った。High-speed走行距離 (>14.4 km/h, 4 m/s)において、ACWR >1.25だと2倍(vs ACWR 0.86-1.25)、 Sprint走行距離 (>19.8 km/h, 5.5 m/s)において、ACWR >1.35だと4倍 (vs ACWR 0.86-1.35)も傷害発生リスクが高いことが明らかになった。サッカーにおいて、Acute: 3日、 Chronic: 21日と設定した理由としては、3日間という期間が強度の高いトレーニングセッションや試合を含むからであると示されている。また、21日は、いくつかの試合や高強度練習を含むためである。

(写真3)ACWRはAcute: 3日、 Chronic: 21日で計算されている

3.最後に

今回は、ACWRの研究が盛んに行なわれているオーストラリアンフットボールやラグビー、サッカーを下に、ACWRのマネジメントについてお話しさせていただいた。Chronic Workloadを高くする事は傷害予防への重要なファクターになると考えられる。また、競技特性上、時間軸を調整する事も必要になってくるのではないだろうか。上記で説明させていただいた、これらの研究が、皆さんが行なうワークロードマネジメントの参考になれば幸いである。

また先日、Bリーグの某チームの大ファンの読者から「ACWRについて、もっと浸透したらいいですね、勉強します」と感想をいただいた。スポーツサイエンスの垣根を越えて、スポーツサイエンスやコンディショニングへの関心が広まるのは非常に嬉しい。

本文:尾﨑竜之輔

1995年6月19日生。長崎県出身。大学卒業後、フィリピンへ語学留学。2021年2月よりThe University of Southern Queenslandへ入学(パンデミックの影響により日本でオンライン授業)。「傷害予防こそが、選手がパフォーマンスを最大限に発揮する一番の鍵だ」と信じている。スポヲタ株式会社で、インターンとして勉強させていただている。

参考文献

Carey, D. L., Blanch, P., Ong, K.-L., Crossley, K. M., Crow, J., & Morris, M. E. (2017). Training loads and injury risk in Australian football—differing acute: chronic workload ratios influence match injury risk. British journal of sports medicine, 51(16), 1215-1220.

Hulin, B. T., Gabbett, T. J., Lawson, D. W., Caputi, P., & Sampson, J. A. (2016). The acute: chronic workload ratio predicts injury: high chronic workload may decrease injury risk in elite rugby league players. British journal of sports medicine, 50(4), 231-236.

Malone, S., Owen, A., Mendes, B., Hughes, B., Collins, K., & Gabbett, T. J. (2018). High-speed running and sprinting as an injury risk factor in soccer: Can well-developed physical qualities reduce the risk? Journal of science and medicine in sport, 21(3), 257-262.

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