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河合隼雄著『こころの処方箋を求めて』を読んで

臨床心理学の基本的な解説書である、下記①の読後感をふまえつつ、河合隼雄著②『こころの処方箋を求めて』を読んだ印象を書いてみたい。
①下山晴彦監修『面白いほどよくわかる!臨床心理学』西東社, 2012.

②文藝別冊総特集 『河合隼雄 こころの処方箋を求めて』河出書房新社.2001 ←☆☆☆☆個人的にイチオシ本です!
*下記読書会の課題本【河合隼雄著『こころの処方箋』新潮社, 1992.1】について理解を深めたく、別冊総特集も読みました。


1. 河合氏が模索した、分類しきれない人間模様

①の解説書によると、(2022年現在)個人対処法としての臨床心理学は9つの手法に分類して提示されている。(うち2点に箱庭療法、夢分析がある。)これによりクライアント(患者さん)の傾向・特徴から症状を分類したり、ラベリングすることはある程度までは可能だとされている。
 他方で、人間というのは枠で収まらない部分、はみ出したりジャッジしたりしきれない部分(=鬼っ子)をまだまだ持っていて、そういうボーダーな部分(=中空)はクライアント次第であるため、個々の関わり合いの中で探し求めたり見出したりする必要性が濃いのではないか。河合氏によると、それらは、医学用語でいうエビデンス(この場合、臨床疫学。公衆衛生分野における疫学の考えを臨床に応用すること)、あるいは定量的なデータとは【別の質を持ったもの】だと示唆されている。
そして、その言語化しきれない部分にこそ、その人らしさが詰まっているのではないかと考えられる。
それが河合隼雄氏が鬼っ子と表現した部分であるのだろう、と。

2.. 河合氏による中空と鬼っ子について。

河合俊雄編「河合隼雄の臨床の思想」を読むと[p.117]”中空と鬼っ子”というキーワードがよく出る。
文中では、中空構造=あいまいさと表現される。
 河合氏が解読した源氏物語を例をあげると、「光源氏という入れ物(うつわ)の中空構造にあらがって生じた、鬼っ子としての個のあり方」がどういうものかを検討している。つまり、河合氏の解釈によると、登場人物の鍵となるの女性である浮舟は、「自分のなかから生じてくるものを基盤にもって個として生きる姿。源氏に左右されない生き方をもつ、自律性を帯びてくる女性」として最終的に描かれる。

3. 1970年代後半から2000年前後の日米における臨床心理学の差異

ひとつ具体例をあげる。当時米国では、多重人格のクライアントさんへの対処として次の治療があったという。
5つの人格がある場合、それらをすべて順に表層化していく。治療の経過では、段階を経て、最終的にひとつの人格に包括していくよう試みられることがあった(②特集号2001年頃の治療の一環)という。しかし、ここで慎重に検討しないと、クライアントは自死を選ぶこともあるという。

他方で、日本での(当時の河合氏の治療は)、調和を重んじ、きっちりとひとつの人格に包括しない方向性で向かうという。つまり、クライアント側が5つの人格をどう調和させていくかを話を聞き、受け答えをしながらひたすら待つ、という。ここにあいまいさ(=中空)があり、有効性が明確に見えにくい構造があるともいえそうだ。
ここのところ、豊潤な河合ワールドを彷徨っていたため、すこしとっかかりが見つかったような気になった。

クライアントの内側に住む鬼っ子を表現してもらうためのツールとして、箱庭療法や夢分析が位置づけられているのだな、と。


4. 河合氏による日本へのユング心理学導入の経緯について

標題の特集号での河合氏談に、次のような記述がある。

ユング研究所で学んだ「夢・神話・昔話」は、非科学的であると非難されるだろうとの認識はあったという。
そのため、第一段階として、クライアントの心理状態の推移が視覚的に理解してもらいやすい箱庭療法から始めた、と。
そして、「都市の会」という心理療法以外の世界から心理療法を考える勉強会などに参加した。
実験心理学のひと=自然科学のひとに対して、臨床心理学が亜流であった時代、そこをいきなり説得しようとはしなかった。
まず文学界などの分野の違う人と交流して、考え方を広くすることができた点で河合氏自身の世界が広がったという。文学界や哲学の学会周辺において、河合氏の「夢・神話・昔話」について意見交換すると、興味をもってもらえ、対話として響きやすかったという。
そして、児童文学は、「たましい」の問題を語るのにすごく表現しやすいことがわかった。
さらには、1983年にはエラノス会議に招かれて学会発表でユング研究所で学んだ「夢・神話・昔話」について発表を行った。その反響は海外で大きかった。
そういうふうに段階を経て、だんだん臨床心理学の世界を外から埋めていったという。

5. その他所感

ゴールはまだまだ見えてはいない。考察すらも。ユング心理学の難解さ・河合氏の領域の魑魅魍魎は、深みにはまり、容易に書ききれないと思われる。節目節目にイキツ戻りつ辿っていけたらと願う。そして読書会においてみなさんとの意見交換で理解を深めたい。

しかし、上記総特集での20名による多様な識者の河合氏との対談・評論・エッセイは大変興味深く、読みごたえがある。順に読んで気になるキーワードをメモにして、河合氏と関係性があった人物からの「あいまいさ」や、河合氏の心理学の傾向をもう少し模索していければと考えている。
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