タイタンの彼女 2/8
彼女の出身は宇宙の果て、土星の第六衛星、地球では「タイタン」と呼ばれる星なのだそうだ。
彼女と普段良く話している女子に聞いた所、彼女はあっさりと教えてくれた。
どちらかというと突飛な事も受け入れられると自分を評価しているけれど、流石にこれは嘘だと思った。
隣町から引っ越してきたくらいの雰囲気で伝えられて、もしかしてこれは物凄く壮大なドッキリか何かなのかと疑った。もしそうだとしても色々意味が分からなすぎる。やはりこれは自分の夢の世界の中という解釈の方がまだ理解出来る。
ともかく、名前も無いのでは色々不都合だった。その話は信じていないけれど、この時から僕は彼女の事を暫定として「タイタンの彼女」と呼ぶことにした。
タイタンの彼女は、観察すればするほど奇妙だった。
容姿は普通の日本人にしか見えず、どちらかというとかわいい方である。社交的で男女問わず友達が多い。彼女はクラスの中心に居る事が多かった。
しかし彼女の奇妙な点に関しては、どうやら僕以外の皆は気にしていないようだ。気にしていないというか気付いていないといった方が正しいかもしれない。
透明のヘルメットやボンベは勿論だが、他にも彼女からは奇妙な点が沢山見つかった。
彼女はたまに体が透けて見える事があった。
本当にたまにしか透けないのでこれに気付くまでには時間が掛かった。その頻度と状況を考えるに、友達と話している時や運動をしている時は透けないようだ。授業中にぼんやりとしている時や一人で下校している時など、彼女が一人で居る時に限って少しだけ彼女の体を通り越し、向こう側の景色が見える事があった。
そして彼女は学校を定期的に休んだ。一週間丸ごと居ない週もある。体が弱いのだろうか。あんなボンベを付けているくらいだから、地球の大気と相性が悪いのかもしれない。
それにしてもあのボンベの中身は一体何なのだろうか。
「これ?これはね、圧縮したメタンだよ」
あっさりと答えられてしまった。
彼女は今、僕の横で自転車を引きながら歩いている。彼女と話したのは今日の授業中が初めてだったというのに、どうやら彼女は僕に興味を持ってしまったようで、午後はしつこくどこまでも付け回されてしまった。
結局下校時まで追いかけられてしまい最終的には観念させられた。流石タイタン人、人間の尺度では測り切れない。
空気が読めないというか読む空気がメタンだから全然違う。
いや、彼女が宇宙人だなんて信じてないけど。
「ねえ、何で私のこと見てるの?」
本日何度目の同じ質問だろうか。彼女の絶え間ない質問攻撃に僕もかなり疲弊してきた。
「何でかって、その頭とかボンベとか他にもいろいろあるけど、とにかく君が変だからだよ」
彼女の笑顔が一瞬凍りついた様に見えて、僕はしまったと思った。傷付けるような事を言ってしまっただろうか。
しかしそんな心配は杞憂も杞憂だった。
直後彼女はくすくすと笑いだし、最後には爆笑した。
何だか凄く恥ずかしい事を言ってしまったような気がしてきて、僕の方が少し傷付いたかもしれない。
ひとしきり笑い終えてから彼女はこちらを向き直る。
「そっかそっか。君、名前なんていったっけ」
会話の流れが掴めない。暴力的な人だ。
「鹿島守《かしままもる》」
僕ははっとする。良い機会だから聞いてしまおうか。
「君は?名前」
「私?」
彼女はきょとんとした顔で答える。
「無いよ」
やっぱり彼女は僕の常識では測り切れないみたいだった。
僕の住んでいる街は、大きな街と街の間にある国道沿いの小さな街で、どちらかと言えば田舎の部類に入る場所だ。
夜になると街の真ん中を横切る国道だけが爛爛と光を放ち、その外側は深海のように静まり返る。
この街は生まれた場所だし勿論嫌いではないけれど、夜の静けさだけは苦手だった。僕はよく夜になると家を抜けだして国道沿いのコンビニへ行く。
他にも僕と同じ様な若者が居るところを見ると、人間も虫と同じで光に集まっていく習性があるらしい。
僕らはコンビニの光を月の光と勘違いしているのかもしれない。
そして国道沿いを西に向かってずっと進むと、「シロヤマ」と呼ばれる山が現れる。何故「シロヤマ」なのかは良く知らない。そもそも正式名称では無いらしい。
シロヤマは地元で使われている通称で正式な名前もあった筈なのだけれど、そっちの方は忘れてしまった。
シロヤマを頂上まで登ると山に囲まれた僕らの街を一望できる展望台がある。僕はこの場所が昔から好きだった。
遠いから、自分の足では行けないけれど。
「何で行けないの?」
何でって。僕らはまだ中学生だ。そう言いかけて止めた。彼女はそもそも中学生なのか疑わしい。
タイタンの彼女は僕らが住んでいる街にとても興味を持っているようで、どうでもいい話も沢山聞きたがった。そんな話だったらいくらでも聞いてくれて構わないなんてこの間言ってしまったが為に、彼女は僕の自宅へ頻繁に電話をかけて来るようになってしまった。
彼女から電話が来る度に母が微妙な笑顔で受話器を渡してくるのが非常に気まずい。
「ねえマモル。今度行こうよ。シロヤマ」
無理だ。ここから何キロあると思ってるんだ。
僕はここのところ、彼女に振り回されっぱなしだった。
彼女の事は調べれば調べるほど中学生の僕の手には負えないほど不思議だという事が分かるだけで、成果らしい成果は何も上がらなかった。今となっては彼女の調査はほとんど諦めている。
タイタンの彼女は僕だけに見える幻影なのだと言い聞かせていた。
電話を切り、受話器を元の位置に戻す。
そういえば彼女はあの大きなヘルメットをかぶりながら、一体どうやって受話器を耳に当てているのだろうか。そもそも自宅でもあれを被っているのだろうか。
また新しい疑問が生まれた。しかしそれも恐らく僕の手には負えない不思議なのだろうと思う。
著/がるあん イラスト/ヨツベ
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