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インターネットの普及とコンテンツホルダーにとっての放映権

昨年の2022 FIFAワールドカップ、日本代表はスペインとドイツを相手に大金星を挙げ、熱狂を生み出しました。そして、最後は神の子メッシを擁するアルゼンチンが優勝するという、ドラマチックな展開でした。
スポーツ中継は、巨人戦が非常に高い視聴率を誇っていたテレビが主流の時代から、インターネットの普及やSNSの発展によって、インターネット配信など様々な放送媒体によって発信されるようになりました。
例えばFIFAワールドカップは、2002年の日韓大会以降、NHKと民法の各局が組織するジャパンコンソーシアム(JC)が一括して放映権を獲得していました。JCは放映権料高騰への対策として組織されてきましたが、2022 FIFAワールドカップでは全試合の放映権を獲得することが出来ませんでした。
そこでこの放映権を獲得したのが、皆様もご存知のABEMAです。テレビ局以外による配信に対し当初は懐疑的な意見も出ていましたが、大きなトラブルなく全試合の中継を終え、本田圭佑選手の解説が話題になるなど大会を盛り上げました。
今回は、ABEMAなど新しいプレーヤーの登場によって盛り上がるスポーツ中継や放映権についてとりあげます。 


放映権とは?

さて、先ほどから「放映権」という言葉を用いていますが、放映権とはそもそもどういったものなのでしょうか?

放映権とは…
主にテレビ局でのテレビ放送において、他社から借り受けたり配給されたニュース素材・放送番組や、スポーツ・イベントを独占的に放映できる権利」を指します。

Wikipedia

スポーツイベントは従来多くがテレビで放送されていたため、放映権という言葉が使われるようになったのでしょう。
 
権利について考えるときに必ず関わってくるのが法律です。権利とは基本的には法によって認められ、法によって制限されるものでありますが、実は、放映権を規定する法的根拠は存在しません。放映権は、別の「施設管理権」という権利に基づいて確保されています。
 
スポーツの試合を撮影し、中継するためにはカメラやマイク等の設備や機材の設置をしなければなりません。そして、それらの持ち込み・設置のためには、施設を管理・利用する権限を有する者の許諾が必要です。通常、試合の主催者はその試合の入場や機材の持ち込み・設置を誰に認めるかといった、施設の管理・利用する権限を試合時には保有しているため、その権限をもとに放映権が発生します。
リーグやチームはこのようにして存在する放映権を、テレビ局やOTTに向けて販売しています。

放映権の管理

放映権の管理をしているのはいったいどこの組織なのでしょうか。リーグでしょうか?チームでしょうか?
放映権を管理する体制としては大きく三つに分かれます。

①チームによる管理 
②リーグによる一括管理 
③リーグとチーム双方が管理

チームによる管理
こちらは、日本のプロ野球が例に挙げられます。セ・リーグに関しては、各球団が全ての放映権を管理しています。パ・リーグに関しては、放映権は各球団が管理をしていますが、放映権の一部であるインターネット配信に関する配信権のみパシフィックリーグマーケティング株式会社(PLM)が6球団分をまとめて管理しています。

リーグによる一括管理
JリーグやBリーグが例として挙げられます。リーグ側が一括で放映権を管理・販売し、各球団にはその販売額の一部が配分されます。

リーグとチーム双方が管理
この形態はMLBが代表例です。MLBは全国放送や海外向けの放映権に関しては②と同様にリーグが一括して販売し、各球団に配分しています。JリーグやBリーグと違う点は、各球団がローカル局向けの放映権を所有し、販売していることです。

MLBは現在全国放送の放映権をESPN、FOX、TBSが所有しています。一方、ローカル局に関しては、かつてイチロー選手が所属したシアトル・マリナーズはRoot Sports Northwestという放送局が放映権を持っており、千賀選手の所属しているニューヨーク・メッツは、SportsNet New Yorkというローカル局が放映権を持っています。


MLBにおける放映権と権利料の流れ(筆者作成)

スポーツチームにとっての放映権収入

さて、これまで放映権や、その管理や販売方法についてご説明してきましたが、放映権収入はスポーツチームの収入においてどれほど重要なのでしょうか。  

スポーツは「筋書きのないドラマ」と表現されますが、事業面においても気候や対戦相手、チームの勝敗状況などでグッズ、チケットなどの売れ行きが変化し事業が安定しないことがあります。そのため、チケット事業の場合はシーズンチケットの販売を促進することで、不確定要素を減らし収入を確保する戦略をとります。
前回記事で、シーズンチケットに関して触れましたので、そちらもご覧ください。)

放送事業についても同様で、今年JリーグがDAZNと11年間の放映権契約を締結しましたが、海外でも放映権は単年契約ではなく、複数年で多額の契約がなされることが一般的になっています。


各リーグに所属するクラブ収入の内訳

上図は、各リーグに所属するクラブ収入の内訳です(配分金を放映権料として換算)。放映権料はNFLやMLB、プレミアリーグなどでは各クラブ収益の40%以上を占めている一方で、JリーグやBリーグにおいては、10%程度となっています。


放映権料の差はどこから生まれる??

放映権料の額に関しては、日本と海外で大きな差が出ています。
DAZNとJリーグの契約は11年で2395億円の契約、プレミアリーグは3年で総額105億ポンド(約1.9兆円)NFLは11年で1130億ドル(約16.8兆)となっています。

この違いはどこから生まれるのでしょうか。観客数や視聴数、リーグのレベルという面も当然あると思います。
また、プレミアリーグでは、国内放映権よりも国外放映権の権利料の方が高くなっており、国外からの注目度という要素も全体の放映権料には影響を与えています。
(ちなみに、Jリーグの国外放映権料は19-20シーズンから20-21シーズンで約2倍になったており、特にアジア市場での伸びが大きいそうです。)

しかし、筆者は、放送視聴における文化が大きく関与しているのではないかと考えています。
日本では多くの人が無料の地上波放送を視聴し、BSなどの有料放送にお金を支払って視聴する文化がありませんでした。
一方、アメリカでスポーツを観るためには、その中に自分が観ないチャンネルが含まれていたとしても、ケーブル局が複数のチャンネルをまとめて提供する”バンドル”という方法で契約するしかありませんでした。

また、イギリスのプレミアリーグでは1992年の発足当初より、Sky Sportsという衛星放送の放送局が放映権争いに加わったことで、放映権料が高騰しました。
近年の放映権料の高騰はOTTの台頭が原因ともいわれていますが、日本では「無料放送vsOTT」の構図で、海外だと「有料放送vsOTT」の構図になっています。海外の方がより激しい競争となっていることがうかがえます。

明確に、これといった一つの理由が高額な放映権につながるとは言い切れないですし、他の要素が絡んでいる可能性もあると思いますが、文化は大きな影響を持っていると思います。

オウンドメディアやOTT

最後に、映像配信に関して少し触れたいと思います。従来スポーツの映像配信はテレビ放送が一般的でしたが、近年、DAZNやPrime Video、ABEMAなどのオーバーザトップ(OTT)が普及しており、スポーツの映像配信を行う媒体が多様化しています。放映権料増加の一因となっています。

OTTとは…
「インターネット回線を通じてコンテンツを配信するストリーミングサービス」です。

Adjust

従来は、放送局側がチャンネル内のコンテンツを決め、時間に応じて提供していましたが、OTTではユーザーがインターネット経由でストックされているコンテンツのなかから選択してアクセスすることができます。
OTTには、①デバイス間を自由に行き来できる(スマホからTVなど)、②パーソナライズレコメンデーション、③配信方法や課金方法が設定できるなど、D2C型(消費者向け直販)のビジネスを展開できる特徴があります。

収益モデルとしては、①広告型②定額型③都度課金型の3つがあります。

また近年、リーグ等のスポーツ組織が、自らのOTTプラットフォームを運営する事例も増えています。日本ではPLMのパ・リーグTVやVリーグのV.TVなどが自前のOTTプラットフォームとなっています。Jリーグは、DAZNという自前ではないOTTを利用していますが、映像の制作・著作権はJリーグ側が持っています。一方で、アメリカ4大スポーツに目を向けると、MLB.TVやNBA league passなど全てのリーグが自前のOTTプラットフォームを持っています。

OTTを利用した新しい放送・配信事業の構造は下図のようになっております。 
自前のプラットフォームによる運営はコストがかかりますが、メリットとして、ユーザーデータを取得できるようになるため、データを基にしたマーケティングが可能になり、更なる収益向上につなげることができます。また、スポーツ組織が映像の制作権や著作権を持つので、他番組への販売や試合分析等への転用も可能になります。


筆者作成

Jリーグは2017年に初めてDAZNと契約した際、映像の制作権・著作権はJリーグ側が持つことで、自ら映像制作・プロモーションを行えるようになりました。それによってJリーグの魅力を統一のフォーマットで伝えることができるようになり、さらにゴールシーンや試合の印象的な場面などを使い、従来より露出量を増やすことができました。

また試合後すぐに、Jリーグの公式サイトや、YouTubeやLineなどのソーシャルメディアをはじめ、クラブや他のインターネットサイト、ニュースサイトに試合のクリップ動画を転載したり、プロモーション映像を積極的に発信したりすることが可能になり、よりファンエンゲージメントを高めることにもつながります。
この影響もあってか、2018年には過去最高の入場者数を記録することができました。

このように、自前のOTTを持つことには映像制作等のコストはかかりますが、その分のメリットがあるという事が出来ると思います。

おわりに

最後まで、本記事を読んでくださり、ありがとうございました。
放映権に関する基本的な構造から、放送に関する現代の潮流まで広く触れていきました。ぜひ、どこか面白いなと感じた部分がありましたら、その分野のより詳しい情報を調べていただけたら筆者としては冥利に尽きます。
次回のFIFAワールドカップも藤田社長はABEMAで放送をしたいと公言しており、他スポーツの配信がこれからどう変化していくかは非常に興味深い所です。OTTによる配信技術は数年後には想像もつかない領域まで進化しているかもしれません。スポーツ配信は放映権という面で見ても、配信の技術という面で見てもこれからが楽しみな分野です。日本のスポーツの放映権はどう変化していくのか皆様もご注目ください。
改めて、最後までお読みいただきありがとうございました。次回は、スポンサー事業に関して触れていきたいと思います。
前回記事ではチケット事業に触れています。よろしかったらご一読ください。)

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