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#仕事での気づき🌝チェコ野球界の夜明けを見つめながら🌛

ぷかぷかと葉巻を燻らせながら、カリブ海に浮かぶ島国キューバに、ほぼ半世紀に渡って君臨したフィデル・カストロ。あの髭もじゃ・軍服・カストロ帽の独裁者が、チェコスロバキアで救った命が「一つだけある」と、ことさら大きな目を見開いて、キラりとスキンヘッド輝く強面整形外科医は凄んでみせた。

誰じゃろ?チェ・ゲバラ?アル・カポネ?ヘミングウェイ?チェコスロバキアで??
..........?

「ベースボールだよ!」破顔一笑、ピルスナービールを呑み過ぎた酔っ払いのオっちゃんのように、饒舌に甲高く語ったのは、野球・チェコ共和国代表監督も兼務するパヴェル・ハジム医師である。

西側の自由翻弄なイデオロギーや、アメリカナイズされたカルチャー・スポーツなど一切合切、鉄のカーテンでシャットアウトするソビエト連邦が睨みを利かす《東欧》と括られた傀儡の支配下に生まれ落ちた。
ハジムはしかし、恋愛や医学と同義語でベースボールと云う、謎のメリケンスポーツにもどっぷり魅了され、のめり込んだ思春期を過ごした。

仏頂面なPOLICIEが、不機嫌にヅカヅカと場に踏み込んで来ては、練習を解散させられた挙句に、貴重で希少な野球用具まで接収されるような、青春を踏み躙られる暗黒の刻もあったけれど、ハジムと仲間達は、必死にチェコの凍土に野球の種を蒔いて、その土壌を守り抜いて生きて来た。

チェコに蒔かれた芝は、青々と美しく育っている


そんな不遇な時代の気まぐれに、野球狂で知られたカストロ国家評議会議長の、毒舌にせよ共産圏のインサイドでパワフルにヒットするインパクトは、海を越え山を越え、チェコの野球場にまで着弾する超特大のホームランだった、と云う噺が、ハジム亭パヴェル師匠のオチである。

右投げ左打ちの外野手兼救援投手の二刀流は、地元ブルノに本拠地を構えるDraci Brno(ドラゴンズ)の英龍であり、背番号13番は永久欠番に掲げられている。打って良し、守って良し、投げて良し、診ても良しの包容力溢れる天才博識ドクターは、町の診療所で院長を務める傍ら、同国代表監督を任され、古今東西求めらるるがままに駆けめぐる熱血漢である。

チェコエクストラリーグのチェコらしい風景@ドラシ・ブルノの本拠地

一方で、国民が熱狂するアイスホッケーの万が一にも陽の当らなかったチェコ野球界に、ようやく夜明けがもたらされたのは、おそらく遡ること二年前、2022年9月21日の一勝、以降であろう。その夜の舞台は、チェコ国境からも程近いドイツ南部・バイエルン州の古都・レーゲンスブルクにあるアーミンウルフ・ベースボールアリーナと云う、狼の遠吠えさえ聴こえてきそうな、森の外れの野球場だった。

閑静の中に荘厳なたたずまいを残す美しい旧市街を歩き廻った後、新市街を横目に涼しい森の中を抜けた先に、外野の芝生が目に飛び込んで来た。当時暮らしていたプラハから長距離バスに乗って、チェコ代表の野球帽を被って、歴史の一証人にならんと応援に参じた僕の旅情は、ググッと昂ぶった。WBC本戦出場枠最後の一枠を巡って、敗者復活戦を勝ち上がって来たチェコ代表と、そのチェコを初戦で21-9と、完膚なきまでに叩きのめしていたスペイン代表との再戦になった。

2022年9月21日@Armin Wolf Baseball Arena

レーゲンスブルクの街の名は、日本ではあまり聞き覚えが無いが、古くからドナウ河交易の要衝として繁栄し、16世紀半ばからは神聖ローマ帝国議会が開催された歴史も有し、プラハのカレル橋にも似た小洒落た石橋がランドマークのヒストリックなオールドタウンは、2006年、世界遺産にも登録されている。

ところが、どいつもこいつもドイツ代表の敗者復活を想定して、一杯に埋まるはずだった観客席は、その独逸敗退(前日チェコに4-8)の無念さを物語る空席が目立ち、代わってチェコ国内の野球場でよく見かけていた古参の応援団や、大西洋を越えてチェコにもちょこちょこ通って来る髭もじゃ・黒縁眼鏡・野球帽のMLB記者マイケル・クレア氏、チェコ語でHAŠIČ(消防士)と背中に書かれた防火服を着た隊員達の姿などが見うけられた。

どいつがワシの顔面捨てやがった?
DEUTSHLAND去りしスタジアムに鳴く閑古鳥

一方、短期決戦の入口で躓き、敗者復活戦に回って勝ち上がって来たチェコ代表のブルペンは、最後の大一番を前に、既存の先発投手陣を使い果たし、いわゆるローテーションの谷間に陥っていた。

前日の夜、ハジム監督がハッシー投手コーチと話し合い、即決で白羽の矢を立てたのが、チェコ野球界のレジェンドであり、かつての大エース兼遊撃手の二刀流、いや消防士との三刀流、大ベテランのマルチン・シュナイデルである。シュナイデルは、消防署の多忙なシフトが影響し、国内リーグのチェコエクストラリーガでも、2022年1シーズンを通して20イニングも投げられていない窮状での、ぶっつけ登板を余儀なくされ、いわゆるサビが懸念された。しかし、36歳の鉄腕は、即座に翌日の先発を快諾すると、武者震いの中に心地よい眠りに落ちた。


そんなファイアファイターの右腕に託された運命の一戦。スロヴァキアやポーランド国境に近い鉄の街・オストラヴァから、彼の同僚達は真っ赤な消防車を飛ばして、国土を横断し、ドイツとの国境を越えて、はるばる応援に駆けつけていたのだ。

背負う全てを意気に感じながら、シュナイデルはマウンドに上がっていた。すっかりサビが落ちた2回からは、生命線であるスライダーが冴え渡った。制球良くストライクゾーンを掠め、ボールゾーンに大きく曲がり落ちると”緒戦の二の舞に、返り打ちにしてやれ”と打ち気に逸る血気盛んな闘牛打線のバットは、闘牛士の赤いマントに躱される様に、何度も空を斬った。”こんなはずでは...”と焦れば焦るほど、経験豊かなマルチン・チェルヴェンカ捕手の裏を掻く配球にも翻弄され、空中戦を厭わない構えだったヒスパニックラインナップは、牛耳らるるがままに沈黙した。

まさに火の車だったチェコブルペンを救う快刀乱麻の火消しを、その消防士は世紀の大一番で悠々とやってのけた。3-1でスペインを退け、初戦の雪辱を果たしたチェコ共和国代表は、悲願のWBC本選TOKYOラウンド行きのチケットを、僕の目の前でガッチリと掴み取った。

チェルヴェンカ捕手@レーゲンスブルクの戦いの後

シュナイデルの老獪な投球と、この夜の先発に、そのピースを当てはめた百戦錬磨の指揮官のビジョンは、Dr.ハジムの描いたこの試合のカルテを、AIの自動音声に掛けて読みあげる様に、淡々とマッチした。打つべき人が打つべき時に、外野のかなたに広がる夜空に向かって本塁打の花火を打ち上げ、チェコ野球界のターニングポイントに花を添えるバエる筋書きさえも、当然のように記録された。

いろんな修羅場をくぐり抜けて、あたりまえの様にいろんなものを背負っていて、この瞬間この場で、ありがたく野球もしてゐる。そんな2人の、泰然自若の気魄漂う夜風に、バックネット裏三列目から、僕は酔っていた。レーベンブロイの美味しい生ビールにも酔っていた。

レーゲンスブルグのバックネット裏から
見渡すフィールドとフォレスト

共産主義の魔の手から、自遊の象徴・ベースボールの草の根を、共闘して守ったチームメイト達の必死な形相。
立場逆転ながら、野球場に背中を押して励ましてくれた老いた患者の優しいしわがれ声。
スタンドの中央から声を枯らして声援を送ってくれている火事場の同僚ファイアファイターズ。
オストラヴァの消防署で、今宵のシフトを守りながら勝利を祈ってくれている仲間達のエール。
人の命と向き合う英気。己にすがる者に応える男気。炎を潜る勇気。
この決闘を制した暁に、もたらされるチェコ野球界の夜明け。
チェコの子ども達が、プロ野球選手を夢見る第一次ベースボールブームの到来。

チェコで一番美しい城とも評されるフルボカー城のお膝元に在る
SOKOL Hlubokáのホームグラウンド。こども達の夢でありたい。

いろんなものを、あたりまえのように背負う人間が国を背負う『勝てば天国・負ければ地獄』の代表戦。
過去から未来に流れる時間軸と、その時空の中に一緒にゐてくれる味方の温もり。医師も消防士もプー太郎もポチも大統領も、みんな同じ目線の高さに在る。

いつも心の片隅に余白を残せる二人が、あの息詰まる決戦の勝ち運を、その余白分、チェコ側に手繰り寄せられた運命は、粋な三者が意気投合した前夜に流れし運勢の成就、だったのかもしれない。

無敵艦隊は敗れたが、スペイン代表もbravo!
@コロナ禍のプラハベースボールウィーク

ひと冬越えて、遂に彼らがニッポンにやって来た時、僕は暫時、一緒に仕事をする好運にも与った。無論、事の委細は一切書けないが、そのチームには、ハジムやシュナイデルのような、世の中をフラットな目線で見渡せる野球人がゴロっとゐた。僕のメガネに、カリスマとは対極に映る彼らがゐた。

世の中にカリスマなんて者がゐるとしたら、カルトの様にハマった狂徒のみが見上げる蜃気楼に過ぎない、のかもしれない。

尚、以下の選手・コーチの寸評に関しては、外野から眺めた浅はかな我が私見のみではない。

唯一のメジャーリーグ経験者エリック・ソガードは、自らの加入でポジションを追われる選手の心の機微を、深淵まで慮れる真のプロフェッショナルだった。

代表最多出場記録を持つ大ベテランのヤクブ・ハイトマルは、代わってベンチに追われる立場ながら、母の祖国・チェコ代表【ČESKO】のユニフォームに袖を通し、チェコ野球史の重要な1ページに名を刻み、愛称通りのナードパワー(オタクのパワー)を惜しげもなく捧げてくれた英雄ソガードを敬愛し、甘んじてダグアウトからバックアップに回った。 


キューバ人の父とチェコ人の母の下、フロリダに生まれたウィリー・エスカラは、ブエナビスタソシアルクラブの弾けたリズムが聴こえてきそうな、カラッと赤るい活気をベンチにもたらし、内野でも外野でも代打でも代走でも守備固めでもデッドボールでも、何でも屋を買って出て、代表の隙間を補完して、笑って後楽園を駆け抜けてみせた。

メンタルコーチを務めた心理学者のドゥシャン・ランダークは、あたかも甲子園初出場を果たした公立高校の教師兼野球部部長のように、野球小国チェコの浮き足立つ選手達の鼓動に寄り添い、独り言のようにボヤきながら達磨のようにデンと構え、いつの間にか気負いを気合いに化かしてフィールドに送り出した。魔法のボヤき?

結果、博士のボヤきが効いたのか?投げては、電子技師が本職のオンジェイ・サトリアが、ビリオネアに臆することなく立ち向かい、腕を振り切って三振を奪った。打っては、若き大砲マルク・フルプが、一発狙いが過ぎるとアッパースウィングに傾きがちな悪しき軌道を修正し、軸のブレない綺麗なレベルスウィングで、100マイルの豪速球を弾き返すツーベースを放って、東京ドームをどよめかせてみせた。

いろんなものが見えている。いろんなことを知っている。いろんな気持ちを分かっている。いろんな人やペットを対等に見据えリスペクトできる。あたりまえの人間をいっぱいロースターに登録して、ニッポンに乗り込んで来た。

そんな彼らの普段通りのあたりまえの仕事が、思い掛けず我が国で愛された球春の記憶は、睡眠時間ワースト(OECD加盟30か国中)の寝不足な我々が、春眠忘れ掛けていた自身の純真を、映写機で投映した回想録を、おぼろげに観たようなドキュメンタリーだったのもしれない。

ブルノで開催された欧州選手権の外野席より、
この夜、チェコ野球史上最多の観客動員数を記録した。

#仕事での気づき

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