匂いと記憶
匂いと記憶は密接に関係しているように思う。
もう忘れてしまっていたことでも、それに染みついた匂いを嗅ぐとすぐさま思い出してしまう。匂いは強力な思い出のトリガーである。調べてみたところ、それは科学的にも証明されているらしい。
なぜこんな話をするのかというと、最近、あったのだ。匂いが記憶を呼び覚ますできごとが。
それは、私が社会人になって最初の2年を過ごした拠点から、当時の同僚が転勤してきたことによる。その人の香水の香りが、当時のことを鮮明に思い出させるのである。
いい記憶だったらよかったんだけれど、あそこにいた時のことをできれば思い返したくないので、なんとなく心がもやつく。「その香水、やめてもらってもいいですか?」とも言えないし、その人のことがきらいなわけでもないので、なんだかつらい。胸が締めつけられるような心地だ。
こうやって、つらい気持ちはよりフラッシュバックしやすいのかもしれないが、反対にすてきなことを思い出す匂いもたくさんある。
洗濯ものを取り込んだ時のほかほかした太陽の香りは、幼い頃、母親がたたんでいるタオルに顔から突っ込んでいった時の、無邪気な記憶に結びついている。パンの焼ける匂いは、実家にパン焼き器が導入された頃のことを、シーブリーズのベリーの香りは、高校の軽音部室のことを、冬のつめたい空気の匂いは、はじめて付き合った恋人のことを、それぞれ思い出させる。普段は引き出しの奥に閉まっている、大事な記憶だ。
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「匂いと記憶」については、この漫画の中にもそんな話があったなぁ。ハルミチヒロさんという方の『夜をとめないで』という短編集のうちの1編に。
元カノが浮気相手と寝ているところに遭遇してしまった男性は、以来彼女のシャンプーの匂いがトラウマになってしまう。会社の飲み会で酔いつぶれた自分を介抱してくれた女の子も同じ匂いがして、、、? というお話。ハッピーエンドなのだけれど、思うことは「あぁ、元カレが香水とか匂いの強い柔軟剤とかを使うタチじゃなくて本当によかった、、、」だ。決まった匂いをまとっている人のことは、特定の匂いがない人の10倍くらい、忘れるのに時間がかかりそうだもの。
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あと、『探偵!ナイトスクープ』で昨年6月1日に放送された「お父さんのパジャマの匂いを残したい」という回。
3人の子どもを持つ母親からの依頼で、子どもたちのためにも、若くして亡くなった夫の匂いを再現して欲しいというもの。子どもたちがビニール袋で保存しているというパジャマの香りから、山本香料(株)の社長さんが「お父さんの匂い」の再現に奮闘する、、、
お父さん香水の匂いを嗅いで子どもたちが涙する最後のシーンでは、局長の西田敏行ばりに泣いてしまった。
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すぐに消えてしまうくらい儚いのに、なんで嗅ぐと思い出すんだろう。匂いって不思議だ。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!