平田オリザ著『22世紀を見る君たちへ』言葉拾い

 何かのSNSで目にし、ほぼ勢いで購入した。言葉を拾いながらようやく読破したので、言葉ごとに感想や考えをまとめていった。
 全体を通し、著者ご自身の主張を論理的に展開していてとても分かりやすかった。最近の活動・取り組みについても魅力的に説明しており、好感及び興味を持てた。

六次産業化

 「将来の漁師にどんな能力が必要か、は分からない」という文脈で出現。農林水産省のHPに説明があったため一字一句違わず引用する。

「6次産業」という言葉の6は、農林漁業本来の1次産業だけでなく、2次産業(工業・製造業)・3次産業(販売業・サービス業)を取り込むことから、1次産業の1×2次産業の2×3次産業の3のかけ算の6を意味しています。言葉の由来は、東京大学名誉教授の今村 奈良臣(いまむら ならおみ)先生が提唱した造語と言われています。
 ※引用元:https://www.maff.go.jp/j/heya/sodan/1202/a04.html

ディスカッションドラマ

 討論劇。本書では「主体性・多様性・協働性を測れるような試験問題を作る」という目的に対するひとつの解として、グループワークでこれを行うことを挙げている。まさにそれらの要素を測ることができる上に、対策ができない(テスト勉強ができない)ことが良い。"学び"の在り方が大きく変わる。しかしそれをどう変えれば主体性・多様性・協働性の獲得につながるのかはほぼ言及されていない。僕は、ディスカッションドラマを実際に作成、演じてみること、あるいはより広く、ディスカッションをすることだ、と考えた。その場合はディスカッション題材に何を選ぶかが教員側の腕の見せ所だと感じる。唯一解のない、身近な現代社会問題がよい。
 本書で触れられる例題のほとんどは、学生や教員/公務員を募集する大学/自治体の現代社会が背景になる。これがとても良いと感じた。本文ではあまり言及されないが、試験題材を通してその自治体の現代社会を学ぶことができる、というのは採用後の活躍も見据えての問題設定であり、効果が高いと考えられる。
 ディスカッションドラマ以外にも「主体性・多様性・協働性を測れるような試験問題」は考えられるか?安易なところでいけば「その三要素を発揮した自分の過去の経験を小論文にまとめる」くらいしか思いつけなかった。しかもアイデアとしてはディスカッションドラマに圧倒的に劣る。
 ちなみに、僕が本書に対し当初 期待していたのは「ディスカッションドラマの例題に対し、好脚本の解説、評価観点の検討」などだった。僕が表紙を見ただけでそういう本だと早とちりしてしまったため、具体的な脚本例がまったくない本書に少々ずっこけてしまった。(100%僕が悪い)
 しかし、ないのであれば自分で考えて作ってみればよい。近いうちに例題からひとつ引っ張ってきて、やってみることにする。また、僕が住んでいる自治体であればどのような例題になるかも考えて、実際に作ってみたいと思う。少し時間はかかりそうだ。

単純な知識や情報は世界共有の財産となる

 以前、ホリエモン著『理不尽に逆らえ』において「情報が民主化していて」という言葉を拾った。言葉は違うが平田さんも同じ内容のことを言っている。
 単純な知識や情報を持っているだけでは、価値がある人材とは認められないということ。現代人は共通認識として持つ必要がある。

学びの共同体

 著者は前項の言葉を踏まえて「誰と学ぶか」が重要であると捉える。"誰"の選択肢を広げるためには多様性のある共同体が必要であり(※多様性が必要なのはもちろんそのためだけじゃない)、そのために多様性を確保しうる大学入試や職員採用試験を実施する必要があると述べる。そしてそれに対するひとつの解がディスカッションドラマである。
 ペーパーテストで学力を数値化し、それのみを採用基準にしては多様性が損なわれる。そしてペーパーテストでは主体性や協働性は微塵も測れないため、それらの能力がある人材を積極採用できないリスクが高い。これでは何のためのペーパーテストなのだと思わずにはいられない。
 多様性のある共同体を目指すにおいて気を付けるべきは、「誰と学ぶか」を意識したディスカッションドラマでの採用プロセスを、共同体全体が認識するべきだという点。採用担当者のみが意識しても効果は薄い。なぜなら共同体全体で「主体性・多様性・協働性を生かし伸ばすような学び」を目指してこそ"学び"の内容が充実するからである。
 一方、共同体の内ではどのような"学び"が望ましいか、本書ではあまり触れられていないので、お考えを聞いてみたい。

既得権益の座についたときが一番やっかいだ

 本当にその通り。人はただでさえ変化を恐れてしまうのに、甘い蜜を吸っているときにそれを手放すことは至難の業だ。
 このフレーズの少し後ろに「ではどのように変われば良いか」というベクトルで少し記述があるが、あまり的を得ない。「どのように変われば良いか」を明確に説明できないほどに、変化は難しいということだろう。変革の方法、心構えを解いた本があれば読んでみたい。

身体的文化資本を育てていくには「本物」「いいもの」に多く触れさせる

 僕の感覚的に腑に落ちなかったところ。「本物」と「紛(まが)い物」を見比べさせることで目利きは育つと思っていたから。本物の骨董品だけを見て育った人は贋作を見破れるのだろうか。

対話=異なる価値観や背景を持った人との価値観のすりあわせや情報の交換。あるいは知っている人同士でも価値観が異なるときに起こるやりとり。

 会話や対論との違いを、明確に定義している。文字で示されたら、この違いは至極当然のものであるように感じる。

Alex問題

 Alexandraの愛称が何なのかを文脈から理解する問題。小中学生の正答率が低く、子どもの読解力が下がっている、ということが新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』にて指摘されている。この話題は以前から耳にしたことがあった。平田さんはここではなぜか「問題文が原典である教科書から改変されている」ことと「"愛称"がそもそも子どもに馴染みない単語である」ことをやたらつつく。後者は指摘としてはまっとうだが、前者は論点を逸らしているだけでは...と感じる。
 いずれにせよ新井さんの本は面白そうなので、いずれ着手したい。

毀誉褒貶

 きよほうへん。ほめたり、けなしたり、評価が激しいこと。

論理的に喋れない人たちの言葉に耳を傾ける能力も必要なのではないか

 少し前、コロナ禍関連での著者の発言が炎上していた。その中で「他者を理解する能力が足りない」という批判があった。しかし本書においてはその能力が大切であるということを明確に示しているし、またここまで読んでも特にそれが欠如しているという感想は抱かなかった。
 炎上に至ったやりとりでは「確かにその能力の欠如かも」と感じられたが、コロナ禍で著者含め世間の人々の気が立っている状況だったからコミュニケーションを失敗してしまったのであって、元来より著者はそういう性格の持ち主だということはないと僕は思っている。
 ただし"論理的に喋れない人たちの言葉に耳を傾ける能力"はいかにして身につけられるか、は特別論じられていない。平田さんから、あるいは平田さんのコミュニケーション能力を批判した方から、その方法論をご教授いただきたいと思った。

Learning Pyramid

 非認知スキルを高める教育法は「学び合い」である、という話題から。
 講義に比べ、共同作業やディスカッション、他人に教えることのほうが長期記憶への定着が確実である。特に「他人に教えることで自分の理解度が高まる」という実体験は大いにあるし、昔からよく言われてきたので全面同意だ。言葉拾いの取り組みにもその要素があると考えている。
 色んな人とのディスカッションもこれからは大切にしたい。

豊岡演劇祭

 19年9月6-8日に第0回が開催された。著者がフェスティバルディレクターを務め、構想から演者誘致までも積極的に取り組んできた。
 会場は城崎国際アートセンター(=KIAC)と出石永楽館。KIACは城崎のあまり使われていない1,000名収容の会議場をリニューアルして造られた。出石永楽館は1901年開館の近畿最古の芝居小屋。また、第0回での参加劇団は4組。
 豊岡市の地方創生における作戦は「演劇」だ。児童・学生への「演劇教育」は市内の小中学校 全38校で取り入れられているし、「演劇学部」の創設を目指す「国際観光芸術専門職大学(仮称)」も21年4月に開校予定だ。演劇推進による文化政策の取り組みについては、市民に対しても無料公開リハーサルや朗読会、講演会などで理解を求めてきている。
 さらに演劇祭の活動では、無農薬・減農薬米「コウノトリ育むお米」なども市のアピールポイントとして絡めている。そもそも城崎は有名な温泉地でもあるので、この機会に訪れてみようと考える国民も多いはず。個人的にはトヨタ・モビリティ基金が協賛し、コムスの貸し出しなどをやってるところに注目。地方都市のモビリティはホットな話題だし、トヨタ側としても実証実験の場を借りたい思惑だと想像した。
 20年は9月第2,3週目での開催を考えているとのこと。新型コロナウイルスの件もありまだ調整段階だと察する。僕は演劇も詳しくないし、豊岡も兵庫の北のほうくらいの認識しかない。しかし本書を通してとても興味を持ったのでぜひ行ってみようと考えている。

隠れ越境入学

 行きたい公立校の区域に安アパートと住民票だけおき、居住はせず他所から通学する手法。これって問題視されてないのか。

★全体を通して★

 途中でも述べた通り、当初期待していた内容とはまるで違った。しかし考えるべき例題は多く、活用しがいがある。僕も娘の教育や職場での後進指導があり、ミクロながらも「教育」に関わり始めるので、今回大切だと説かれた学力観=主体性・多様性・協働性はしっかり認識しておこう。
 また他に読むべき本、学ぶべき分野のヒントも多く得られた。これらのアイテムにも拡大して言葉拾いも進めていきたい。

 アートでの地方創生といえば、昨年訪れた瀬戸内国際芸術祭がまず思い出される。あの日フラッと入ったカフェで「アートでの地方創生」をテーマにした本を目にした。とても興味が湧いたけど本のタイトルなどメモしなかったのが今になって心残り。探し出して読んでみたい。
 僕自身は兵庫の都会部に住んでいる。とはいえ、これからの日本は地方創生を進めないと、気持ちの良い未来はないと感じる。脱都心を合言葉に、これからの現代社会はきっと発展していく。

この記事が参加している募集