日野瑛太郎著『はい。作り笑顔ですが、これでも精いっぱい仕事しています。』言葉拾い

 Twitterかはてぶか、どこで目にしたか覚えていないけど「感情労働」というワードとその意味に興味を持って購入した。
 僕の職種は感情労働に分類されるものではない。しかし、感情労働の齎(もたら)す現代社会の問題については僕も常日頃から思うところがあった。職種単位では該当せずとも、あらゆる社会活動は大なり小なり感情労働の側面を持つので、誰しも学んでためになる概念だと思う。

感情労働

 本著最大のキーワード。明解に定義されたフレーズを抜粋するなら以下。

相手を特定の感情に誘導するために、自分の素の感情を抑制して管理しなければならない労働形態

 「肉体労働」「頭脳労働」に次ぐ第三の労働形態だと言われる。具体的な職種も次のように列挙されている。

飲食店や小売店の店員などの接客業全般、営業職、看護師、介護士、コールセンターのオペレーターなど

 さらには肉体労働や頭脳労働に分類される職種でも、対顧客や対上司のやり取りは感情労働の要素を含む場合も多い。顧客や上司の感情を逆撫でしないように図る業務姿勢を思い出す。
 僕が前から考えていたのは、とりわけBtoCは感情労働の色が強く出てしまうのではということ。BtoBは個人間の取引が少なく、比較的冷静なやり取りが行われていると感じてきたから。"C"が"B"に無茶な要求をしたときに「それは無茶だよ」と窘(たしな)める人が、"C"に上司や同僚がいないために"C"の身内に限られる。本著ではこの観点で語られることはなかったが、上記抜粋の職種を見る限りおおよそ合っていると感じる。"Customer"が"Claimer"に進化した時点で、感情労働従事者は警察を呼ぶほどの毅然とした対応が必要なんでしょう。
 感情労働の概念はまだ根付いていないと、周囲を見て感じる。しかしこの概念にうすうす気が付いている人も多かったのでは。かつてブラック企業という言葉がそうだったように、明解な定義が共通認識となり、言葉が日常的に使われることで概念は世に定着する。このキーワードもぜひ流行語に乗って欲しいと思う。今風に言えばバズって欲しい。

 僕が本著に期待したのは、世に蔓延(はびこ)る感情労働を抑制するためにはマクロ/ミクロにどうあるべきだという著者の提言。なかなか出てこないと思いながら読み進めたが第4章にまとめてあった。内容にもほぼ納得。

仕事で継続的に「やりがい」を感じるために必要なもの――それは仕事の裁量

 感情労働の現場では往々にして、「やりがい」を「お客様からの感謝の言葉」から得られる、と謳(うた)う。それは間違っていると著者はバッサリ。なぜなら感謝の言葉はお客様次第では確実に貰えるかどうかが分からない。無愛想な客が続く限り"やりがい"は感じられないのか?そんなものに"やりがい"を依存するのはギャンブルである。
 "やりがい"を"充足感"という言葉で捉えなおす。充足感を感じるためには必要なものは仕事の裁量である、という主張が理解しやすかった。マニュアル一辺倒の仕事ではなく、自分で考え自分で決めてアウトプットできると充足感は大きい。アウトプットが評価されるとより一層だろう。
 ただし、指摘のあるように、

感情労働の代表職種である接客業や看護や介護の仕事は、実はそれほど裁量がない場合も多い

というのも事実だと思った。こういう現場では自分でうまく裁量権を見つけるか、仕事だと割り切って充足感を賃金から感じるか、さっさと離れるか、が自分の感情を殺さないためにできるアプローチだろう。

 感謝の言葉が得られるかどうかはギャンブルだが、心理的には得られるに越したことはない。やりがいとは別軸で考えるべきだ。

9割がバイトでも最高のスタッフに育つ

 ディズニーランドの教育法を説く本のようだけど、本著では否定的。ディズニーキャストは常に笑顔を絶やしてはならない、最たる感情労働のひとつ。それをバイトで運営するのでは、労働と対価が釣り合わない、いわゆるやりがい搾取の状態にあるからだ。僕はその本を読んでいないので即断できないけれど、教育法へのフォーカスが強いのであればそんなに問題視しなくても良いのでは、とも感じた。
 とはいえ僕も、バイトや派遣という労働形態については日ごろから疑問を抱いている。派遣勤務の方とあまり関わることがないし、勉強不充分だとは認識している。でももっと直接雇用が増えたほうがやりやすいのに、とは思う。

 この本のタイトル、いまとなってはキラーフレーズにしか思えないな...

仕事を仕事と完全に割り切り、「やりがい」よりも待遇重視で働くと完全に決められる人は、感情労働のような過酷な仕事も長く続けられる

 「では感情労働に向く人とはどんな人か?」に対するひとつの解。例えとしてコールセンターで働く方が出ている。シフト制のため残業が滅多に発生せず、趣味の時間を確保しやすいそう。

考え方や感じ方といった人格の深い部分まで含めて仕事中の振る舞いを変える

 これを深層演技といい、これができる人も感情労働に向く人と言える。自分の仕事に対して、半端じゃないほどの誇りを持っていれば、これができるというが、簡単なものではないという。対義語は表層演技。
 感情労働において作り笑いをしている場合でも、この二者のレベルでは疲弊度が全然違う。

人の気持ちを汲んで、言われる前にその人のためになる行動をすること

 本著における「おもてなし」の定義。人に言われてからサービスしたのでは、サービスを受ける人の受け取り方が違う。サービスの在り方としてとてもハードルが高いものだと感じる。

客のニーズを店側が察して、求められる前に水を提供している

 これは少し筋が違うと感じた。店が水を出しているのは「日本では水を出すことが慣例になってから」というだけで、少なくとも今の日本の外食店がおもてなしの精神で水を出しているとは考えにくい
 これが、例えば「この人は寒そうだから温かいおしぼり、この人は暑そうだから冷たいおしぼり」というのを、客を見て察している場合は、おもてなしと言える。

自分の勝手な期待が害されたからといって、それで怒ったり不機嫌になったりしてはいけない

 なぜなら「察し」によるおもてなしを相手に求めることは、「自分の勝手な期待」を押し付けることに他ならない。初対面の相手にそれを求めるのは酷でしょう。ちゃんと冷静に「寒いので温かいおしぼりをください」と口にしましょう。

サービスを提供する側も、「察し」を中心とした過剰なサービスから脱却することを考え始めてもいい

 これを実現するために、サービス提供者はどう立ち居振舞うべきなのか。その著者の個人的な意見が書き記されていればなお嬉しかった。
 水もおしぼりも調味料も言ってくれなきゃ出しません、というスタンスの低サービス精神性店舗(代わりにめっちゃ安い)を展開する?コンセプト店としては社会への問題提起という意味でとても面白そうやけど、チェーン展開は難しそうに感じる。それもこれもサービスはあって当たり前精神が横行してるからだろうけど。

上司自身も部下に自分が何をやってもらいたいのか、よくわかっていない場合が非常に多い

 分かるわ〜。僕が本著で最も共感したところ。察し以前の問題なんです。
 ちゃんとコミュニケーションを取ることで、上司が何を求めているのかを明確にするのが大切と考え、行動している。

心理的安全性

 近年のチームマネジメントにおいて重要視されている概念。本著での定義は次の通り。

組織内で自分の思ったことや感じたことを、そのまま言っても大丈夫だと思えるか

 心理的安全性を充分に獲得できているチームメンバーはチーム内での意見発信が活発になる。そのようなメンバーが多いチームはチーム力(ふさわしい言葉思いつかず...)が高いと言える。
 ではチームリーダーが、チームメンバーの心理的安全性を醸成するためにはどのようなことが必要か。著者の弁を引用して箇条書きにした。

・組織内に「失敗を許容する空気」を作ること
・リーダー自身がたまに失敗し、それをみんなの前で隠すことなく打ち明ける
・リーダー自身が「自分の知っていることには限界がある」という態度を普段から示す

 いずれも納得できる内容だと感じる。
 僕はチームリーダーの立場にはいないけど、7月から新人の指導担当になる。新人には素の状態で意見発信(質問含め)して欲しいと思っているので、心理的安全性を担保するよう努める必要がある。
 また、いま僕が在籍するチームは、プロジェクトの全体統括かつ各所の問題吸い上げ・解決協力的なところ。ここでも関係者の思ったことや感じたことを、隠蔽などせずにそのまま言ってもらうことが望ましい。ここでも心理的安全性の確保が望ましいと思っている。

従業員第一主義

 顧客第一主義ではない。顧客に価値を届けるために、まずは従業員への待遇を良くするという考え方。経営層が持つ思想だけど、これをハッキリと社是、企業理念として対外的に示すのは度胸がいると思う。
 考え方を説明されるとどこの経営層もそれなりに納得しそうだけど、顧客に向けて胸を張って言い切るのは難しそう。

★全体を通して★

 感情労働の内容、この国で激化していっている現状、そしてそれをなるべく和らげるためのミクロ視点での解決策が分かった。前2点の説明が長かったので途中不安になったけど、3点目は最終章にまとめてあったので安心した。
 しかし。いくら感情労働がよくないと言っても、世の中には最上級のサービスを提供することを目指す接客業はあると考えられる。ホテル、レストラン、ブランド販売店などのトップクラスなどが思いつくが、そういうところが最上級の接客を実現するために取り入れている思想には何があるのか。これを学び取り入れることでも、その他一般の感情労働での疲弊度を大きく減らせると思った。例えば筆記開示、自分の感情をノートに書きなぐることで発散し冷静さを取り戻す、など聞いたことがある。
 そういえば、うちの本棚にレクサスの接客教育を説いた本があった気がする。読んでみようかな。

 あと、ちょっと1冊に時間をかけすぎな感じがあるので、もっとひと項目ごとの重みを減らしてテキパキ書いていきたい。

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