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2.想念形体(エレメンタル)~思いは形体となったり放射されたりする

先の投稿に記したとおり、肉体が滅んだ後にも、アストラル体やメンタル体を通じて、私たちは生き続けるわけですが、当然それは精神の世界であり、感情や思考の世界であると想像できます。この世での物質的なものとは縁がなくなるわけですね。霊界通信などで、あの世での生活の様子などが数々送られてきていますが、ここでは霊界での事は触れずに、今、こうしてこの世(物質世界)で生きている間にも、肉体以外の体であるアストラル体やメンタル体も活動しているわけですので、それらについて考えていきたいと思います。

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さて、想念形体とは、一体どういうもので、どんな作用をするのでしょう。「思いは生きている」神智学協会P17~19より引用します(何度読んでも解り難いです^^;)。

・考える者である人間は、メンタル界の精妙な資質の無数の組み合わせで構 成されている体で包まれている。

・この体は、その人間の達している知的進歩段階に応じて、構成要素が洗練され、機能上、よく組織されるようになる。

あらゆる思いは、メンタル体に一組の相互的振動を起させる。

・この刺激のもとで、メンタル体は振動の性質に従って形作られているメンタル体自体の振動部分を切り捨てる。

・そして、メンタル体は周囲の資質から、つまり、メンタル界のエレメンタル エッセンスから、微妙さの似ている資質を集めるのである。

・すると、純粋で単純な想念形体が出来る。想念形体はそれを作った考えによって生命を与えられた、激しい活動性をもつ生き物である。

・もし、更に精妙な種類の資質で作られれば、その想念形体は大変なエネルギーを持つ。

・そして強くしっかりとした意志によって誰かに向けられると、非常に強力な代行者として使うことが出来るのである。

・人間のエネルギーが欲望の外部対象に向かって流し出されたり、情欲、情緒的活動に支配されると、このエネルギーはメンタル界の資質よりも精妙でないアストラル界の資質の中で働く。

・人間の欲望体(アストラル体)といわれるものは、この種の資質で作られている。粗雑なタイプの人間の場合、アストラル体はアストラル界の濃密な資質で作られる。

・アストラル体はアストラル界に存在するアストラル界独特の生命体を生み出す。これは、想念形体と一般的構造は同じだが、アストラル界限定で、動物性質の支配のもとで心によって作られる。

・欲望によって支配されている心の活動-欲望の体に振動が起り、アストラル体は、振動の性質に従って作られたアストラル体自体の振動する部分を振り捨てる。これがアストラル界の自分に適したエレメンタル エッセンスをひきつける。

・このような想念形体は、その体としてはこのエレメンタル エッセンスを、また、生気を与える魂としてはその想念を出した欲望や情欲をもつのである。

・想念形体の力は、この欲望や情欲と結びついた、メンタル・エネルギーの量に従う。

・メンタル界に属するものと同じように、これらは人工的エレメンタレスといわれ、それらは最も普通のものである。普通の男女の思いは欲望や情欲や情緒によって染まっていないものは少ないからである。

「思いは生きている」神智学協会P17~19より
現在のパーソナリティーとは私たちにとって、さまざまな世界を経験し、解釈するための乗物であると同時に、潜在意識的もしくは自己意識的、もしくは超意識的に生じた、さまざまなエレメンタルの集合体です。
エソテリック・ティーチング P170
肉体・・・荒魂(あらみたま)・・・主に食欲と性欲の媒体
幽体・・・和魂(にぎたま)・・・主に感情・情緒・芸術的感覚の媒体
霊体・・・幸魂(さきたま)・・・主に理性・知性・学問的才能の媒体
「人生は本当の自分を探すスピリチュアルな旅 近藤千雄著より」

上記の肉体~幽体あたりが、アストラル体に当たり、
   幽体~霊体あたりが、メンタル体に当たると思われます。

上記の内容を要約すると、

・私たちの精神活動による思考や感情は、私たちのメンタル体(動物的や自分本位の欲望や感情などはアストラル体)に振動を起こさせ、その振動部分を切り捨てる。

・その振動部分にメンタル界(またはアストラル界)から類似のエレメンタル・エッセンスを集め、ひとつの「想念形体」を作りあげる。

・この「想念形体」は、それを作った考えによって生命を与えられた、激しい活動性をもつ生き物である。

う~ん、難しいですね。これでも、何だかよく解りませんね^^;

で、いろいろググってみたら、

「心と体を通して見えてきたもの」バンビさんのブログに辿り着きました。バンビさんに初歩的な質問をさせて頂いたところ、とても解りやすいイメージ解説を頂きましたので拝借いたします。

自分の「メンタル体」を「太鼓」にたとえます。私たちが「何かを思考する」=「太鼓をポンと叩く」とすると、その叩いた太鼓の部位が振動します。

その太鼓の表面に細かい粒子が広がっているとすると、その部位の粒子は振動に合わせて、ある形を作ります。

強く叩けば(思いが強ければ)その振動にあった粒子の形が作られます。叩き方が複雑ならば(慈愛でなく独占愛の気持ちなど)やはり、その振動にあった粒子の形が作られます。この作られた粒子の形が、例えば無重力空間のような空間であれば形を伴ったまま漂います。
この場合の粒子がエレメンタル・エッセンスに当たり、粒子で出来上がった形が想念形体(エレメンタル)となります。

今度は、この粒子を「水」に喩えてみましょう。水の中のメンタル体のある部位が振動すると、波に形を変えて、あちこちに広がっていきます。例えば、小さなお風呂の中で、じっとしてお湯の表面を見ていると、心臓の鼓動で水面がわずかに動いているのが解ります。この場合、水がエレメンタル・エッセンスに当たり、波が想念の波動となります。

以上の事から、ものすごく簡単に要約すると、

私たちの精神活動である思考や感情(想念)は、メンタル界やアストラル界の要素(エレメンタル・エッセンス)から作られる形体(想念形体(エレメンタル))となって浮遊したり、波動となって放射されたりする。

となります。

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想念の現れ方には、「波動放射」と、「想念形体浮遊」の二つの面があ
ります。次回は、これらを具体的に見てみましょう。

つづく~

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