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ムソルグスキー/ラベル編曲:展覧会の絵

クラシック音楽の世界で、広い名声と華麗な舞台を用意された芸術家が、
それほど多いわけではありません。
が、しかし、ムソルグスキー という人ほど薄幸な人も珍しいでしょう。

ご紹介した、彼の死の直前のポートレイトは異様です。

顔の上半部は聡明な広い額を持ち、表面の皮相を剥ぎ取り内部に流れる哲理を一瞬にして見抜く、知性あふれる眼光を保っています。
しかし、下半分には、精神的破綻と、アルコール中毒による怠惰と、貧困による薄汚れた品性が、隠しようもなく精密に描かれています。
(リアリズムというものは、まこと、残酷なものです)

ムソルグスキー(1839年-1881年 サンクトペテルブルク生)は、ロシアの史実や現実生活を題材とした歌劇や諷刺歌曲によって 数々の革新的な作品を生み出した作曲家です。

歌劇『ボリス・ゴドゥノフ』や管弦楽曲『禿山の一夜』などは、あまりにも有名です。

しかし恵まれない、現代風に言うワーキング・プアで、ついにはアルコール中毒と生活苦のために衰弱して、この世を去るまでの40年間、まさに、
幸せな瞬間に見放された方でありました。

ご紹介する 組曲「展覧会の絵」 も、死の6年ほど前に書かれましたが、演奏されることも出版されることもなく、リムスキー=コルサコフ によって、
その遺稿が発見され、ピアノ譜が1886年に出版されるまで、陽の目を見る
ことはありませんでした。

危うく、時のかなたに消え行く羽目になっていたかもしれない人です。

その後、幸いにも ラベル によってオーケストラ用に編曲され、それによりようやく、世に知られることとなりました。
なんと、ムソルグスキーの死後40年経過した1922年のことでした。

 
 組曲「展覧会の絵」
 作曲: ムソルグスキー  編曲:ラベル
 指揮: セルジュ・チェリビダッケ
 演奏:ロンドン交響楽団
 収録:1980年4月18日  at NHKホール

00:06 1. プロムナード
02:23 2. 小人(グノーム)
05:46 3. 第2プロムナード
07:06 4. 古城 Il
11:59 5. 第3プロムナード
12:43 6. テュイルリーの庭-遊びの後の子供たちの口げんか
13:59 7. ビドロ(牛車)
17:31 8. 第4プロムナード
18:36 9. 卵の殻をつけた雛の踊り
19:53 10. サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ
22:53 11. リモージュの市場
24:21 12. カタコンベ - ローマ時代の墓
26:53 13. 死せる言葉による死者への呼びかけ
29:43 14. 鶏の足の上に建つ小屋 - バーバ・ヤガー
33:41 15. キエフの大門

題名の「展覧会の絵」の展覧会というのは、ムソルグスキーの近しい友人であったハルトマンという人の突然の死の後、スターソフという人により企画された「ハルトマンの遺作展」のことです。
どんな絵が展示されたかについては現在では散逸してしまっておりますので、英語版Wikipedia に掲示されているもの のみで ご想像いただくしかありません。

名指揮者 チェリビダッケは、この「展覧会の絵」の演奏を大切にしていたそうで、ご案内の来日公演の際にも、深い演奏を聴かせてくれました。

各曲については、Amazon に投稿された林田直樹氏のレビューを抜粋して
ご案内します。

冒頭「プロムナード」の朗々としてしかもふくよかなトランペットの響き、
「小人」での這いずり回るような弦の精妙な弱音、
「古い城」のアルト・サクソフォンで濃厚に漂うロシアの田舎の匂い、
「ブィドロ」の鬱々とした行進、などを聴いているうちに、
これこそ、密度の濃い響き自体が必然的に求めている正しいテンポなのだということが理解できます。
音楽がこれほど無限のニュアンスを表現することが出来るのかという思いに打たれずにはいられません。
「カタコンブ」のまろやかで威厳ある金管の響き、
「ババヤガーの小屋」のグロテスクで異様な描写。
最後の「キエフの大門」では、止まりそうにのろく、たっぷりとした歩みと深い呼吸のうちに、気の遠くなるほどの巨大なクライマックスが形成され、聴く者の魂を震撼させずにはおかないのです。 

友の死を悼み、展覧会のプロムナードをあちこちと歩きまわる ムソルグスキー 自身が、不安定な精神状態の下、悲しみをこらえながら、 狂気と戦いつつ、友と自らを 永遠の安寧に導く「キエフの大門」の豊饒の鐘の音に包まれるまでの、内面的「ドラマ」をお聴き取りいただけたらと念じます。

セルジュ・チェリビダッケは、薄幸の芸術家を労わりながら、その心情と
叫びを荘重に表現してくれています。
指揮者の暖かい眼差しが 隅々まで行き届いている、心温まる名演です。

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