〔憲法コラム9〕司法権の意義・範囲

 76条1項は、「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」と定め、立法権(41条)・行政権(65条)に対応する司法権の存在とその帰属とを明らかにしている。しかし、この規定は司法ないし司法権の中身については何も語っていないし、それを語る別の憲法規定もない。すなわち、実質的な意味での司法権とは何かを憲法の条文自体は明らかにしていないから、これを明らかにする必要がある。
 そして、司法権の概念につき検討する際に法律上の争訟という概念が重要となってくる。


1 司法権の概念

 一般に、司法とは具体的な争訟につき法を適用し、宣言することにより、これを裁定する国家の作用を意味する。司法権の概念の中核をなす「具体的な争訟」という要件は、具体的事件性(あるいは単に事件性)の要件といわれることが多い。裁判所法3条1項の「法律上の争訟」も同じ意味である。

2 法律上の争訟

 裁判所法3条1項は、「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。」と定める。
 判例は、「法律上の争訟」の意味につき、①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、②法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる、と説明している。
 このような「法律上の争訟」に当たらず、裁判所の審査権が及ばない場合又は事項として以下のようなものが挙げられる。
⑴ 具体的紛争の不存在(抽象的な法令の解釈・効力についての争い等)
  具体的事件性もないのに(つまり権利侵害の要件もなく)、抽象的に法令の解釈又は効力につき争うことはできない(e.g.警察予備隊違憲訴訟)。これは法律上の争訟の①の要件を欠くのである。もっとも、客観訴訟といった具体的事件性を前提とせず出訴できる制度を特に法律で定めている場合がある(公職選挙法203条、204条、地方自治法242条の2)。これらは、裁判所法3条1項の「法律において特に定める権限」に当たると考えられている。
⑵ 単なる事実の存否、個人の主観的意見の当否、学問上・技術上の論争等
  これらについて裁判所の審査権は及ばない。判例も、国家試験における合格・不合格判定は裁判の対象にならないとしている(最判昭41.2.8判時444号66頁)。このような紛争は①の要件を満たさず、また、②の要件も欠く。
⑶ 信仰対象価値・宗教教義に関する判断自体の争い、宗教上の地位(住職の地位等)についての争い
 これらは、具体的な権利義務に関する問題でなく、法令の適用により終局的に解決すべき法律上の争訟に当たらない。
 もっとも、法律上の地位(宗教法人の理事の地位等)についての争いであって、宗教問題が前提問題として争われる場合には、ⅰ紛争の実体ないし核心が宗教上の争いであって紛争が全体として裁判所による解決に適さない場合と、ⅱ紛争自体は裁判所による解決に適していないとはいえない場合の二つがあり、後者ⅱの場合は訴えは却下されず、裁判所の審査が行われるが、当該争点については宗教団体の自立的判断が尊重される(種徳寺事件 最判昭55.1.11)。ⅰの場合の代表的なケースとして板まんだら事件がある。

[重要判例]
 ・最判昭56.4.7百選Ⅱ(第7版)[184]板まんだら事件
 ・最判平5.9.7百選Ⅱ(第7版)[185]
 ・最判昭41.2.8判時444号66頁

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