〔民法コラム10〕詐欺取消し前の第三者


1 96条3項の「第三者」

 被詐欺者が、詐欺による法律行為を取り消した場合、契約は初めから無効となる(121条)ので、相手方は無権利者となり、第三者は権利を取得できないのが原則である。しかし、これでは第三者の信頼を害し、取引の安全を損なう。そこで、96条3項はかかる不都合を回避するべく、第三者保護規定を置いている。
 96条3項は、「善意でかつ過失がない」第三者を保護している。法がこのような第三者保護要件を要求しているのは、表意者が権利を失うという効果を正当化するためには、第三者の信頼が保護に値すること、すなわち第三者の善意無過失が必要であることを原則としつつ、無効、取消原因の性質に応じて検討すべきという考え方が採用されていることに由来する。すなわち、詐欺取消しの場合、詐欺被害者である表意者の帰責性が小さいため、第三者保護要件として、原則どおり、善意無過失が必要であることを明らかにしたものである。

〈論点1〉96条3項の「第三者」として保護されるためには、いつまでに利害関係に入ることを要するか。96条3項の「第三者」の意義が問題となる。
A説
 結論:「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者で詐欺による意思表示の取消し前に新たに独立した法律上の利害関係を有するに至った者をいう。
 理由:96条3項が第三者の保護を図った趣旨は、取消しに遡及効がある(121条)ことで第三者が害されるのを防ぐことにあるから、その適用は当然、遡及効で害される第三者、つまり取消し前の第三者の限られる。

〈論点2〉96条3項の「第三者」として保護されるためには、登記を具備する必要があるか。
A説

 結論:不要である。
 理由:①第三者は、詐欺にあった表意者とは前主後主の関係にあり、対抗関係に立たないから、対抗要件としての登記は不要である。
    ②詐欺にあった表意者にも何らかの落ち度があり、帰責性が認められるから、表意者保護の必要性は低く、第三者を保護すべきである。よって、権利保護要件としての登記も不要と解すべきである。

[重要判例]
・詐欺における善意の第三者の登記の必要性(取消し前の第三者)最判昭49.9.26百選Ⅰ(第8版)[23]

2 即時取得(192条)

 詐欺取消し前の第三者について、96条3項による保護以外に、即時取得(192条)という法律構成による保護も考えられる。もっとも、この場合、取引行為時、売主は所有権者であって無権利者ではないことから、192条を直接適用することはできない。しかし、取消しは契約の無効を遡及的に招来するものにほかならず、取消しが第三者への譲渡前か後かで第三者の保護が全く異なるのも問題である。このような場合、争いがあるものの、即時取得を類推ないし拡大して、取消し後の第三者の場合と同様に保護を図る法律構成を採ることが可能である。即時取得という法律構成を採って検討する場合、後述の要件を意識して論じる必要がある。

⑴ 趣旨

 動産は、不動産と比較して取引が頻繁であり、同一性の判別も難しく、しかも、公示手段である引渡し(178条)が、占有改定(183条)を認めることで観念化しており、公示の機能が十分とはいえないため、公信力を認めないと取引の安全を図ることができない。そこで、民法は動産については占有に公信力を与え、即時取得制度を採用した(公信の原則の現れ)。

⑵ 要件

⒜ 動産であること

 不動産については、登記という公示があるから、登記を調査すべきであり、占有を信頼して取引することは許されず、192条も動産に適用を限定している。
 もっとも、登録動産については、不動産と状況が同じことになるから、192条の適用を否定するのが判例である。不実の登録がされている動産の取引の場合には、占有への信頼ではなく、登録への信頼の保護の問題となり、登録に公信力を認める規定が存しない限り、公信力は認められないということになる。

⒝ 有効な取引による取得であること

⒞ 相手方に処分権限がないこと

⒟ 平穏・公然・善意・無過失に占有を取得したこと

 平穏・公然・善意は、186条1項により推定されており、即時取得を否定する者が立証責任を負う。
 また、188条により前主が権利者と推定される結果、それを信じた者は無過失と推定される(最判昭41.6.9)。
 これらの要件は、占有取得時を基準に判断される。したがって、占有取得後の悪意は、即時取得の成立を妨げない。

⒠ 占有を始めたこと

⑶ 効果

 即時取得により取得者は動産の上に行使する権利を取得する。
 それは、通常は、所有権と質権であるが、例外的に動産先取特権が取得されることがある(319条)。
 即時取得による取得は、原始取得であるから、前主の下で当該物に加えられていた権利の制限は原則として消滅する。

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