見出し画像

転売屋高橋019_クイズ王伊藤 Ⅱ

「大勢いるんじゃあ、天才も何もないでしょうに」
「天才にだって色々あるんだよ。結局は定義次第なんだ。リヴァイアサン相間のときにもあったろう? 絶対と相対の差だよ。彼女みたいのが絶対的天才なら、彼らは相対的天才なんだ。時代の要請に従って素直に能力を伸ばしてきた終着点。彼らは時代に恵まれ、時代に望まれた天才ってわけさ」
「つまり、どういうこと?」
「最初に言った通りだよ。彼らは現代の知能の最高峰ーー言い換えるなら現代教育の限界値なんだ」
「クイズ王が?」
「うん」
「現代教育の限界?」
「うん」

高橋は素知らぬ顔でカレーを掬った。私はクイズ王の方を見たが、彼はすでに立ち去った後だった。気づけば3限目までもうそれほど時間がない。すしづめになっていた食堂はいつの間にやら賑わいもまばらになっている。そういえば私も3限があったような気がするが、まあ良いだろう。概ね出席しているので、数回休む分には問題ない。

「クイズ王というとどんなイメージだい?」
「どんなイメージも何も……まあ、知識が豊富とか」
「そうだねえ。他には?」
「早押しが得意」
「いや、まったくだね。まだ出るかい?」
「……資格試験に凝りがち?」
「すばらしい! 今の問答でクイズ王を名乗る連中については語り尽くしたようなものだ。」

ところで大学の講義を休むことについて、こういう見解もある。『親が払っている半期の授業料をドブに捨てているようなものだ』と。これについて私と高橋の反論は一致している。『大学に払っているのは授業料ではない。書籍利用料だ。したがって、講義に出てばかりで図書館や研究室を利用しない輩は、もやしを50万円で買っているようなものである』。

「知識が豊富、早押しが得意、資格に執着する。これらはすべて現代教育が目指しているところそのものだ。彼らは時代の頂点をじつに良く体現している。原始時代の豪傑、古代の賢王、中古の貴族、中世の武士、近世の武将、近代の科学者、そして現代のクイズ王だ」
「ずいぶんスケールダウンしたなあ」
「そうとも。彼らは矮小化の時代の生き証人だ」

高橋はしたり顔で頷いた。私はカレーの最後の一口を放り込んで、少し考えた。少々釈然としないものを感じる。

「何だかんだ科学者が今でも頂点の気がするけどね」
「ははあ、その名残はあるね。前時代の科学者たちは何も死滅したわけじゃない。きっちり生き残って無用の勲章をいただいているよ。しかし、科学者なんてのはもうすっかりマイナー路線でね。実際、科学者を名乗っている連中のうち、いったい何割がクイズ王の延長線上でぐずぐずしているんだろう。他大学の理学部、数学部に潜り込んだ経験と、信頼できる科学者からの伝聞から推定したところでは、9割9分は科学者を名乗っているだけのクイズ王崩れだ。年がら年中すでに結果の見えている実験を繰り返し、せせこましくも論文数を稼ぐことに終始している。未知にも既知の転用にも興味がない。あるのは自分がどれだけ要領良いかを示すことだけ。名誉欲すら満足に持つことができない、矮小化の時代の代表者だ」
「ボロクソに言うじゃないの」
「そりゃ僕は現代が嫌いだからね。現代を背負って立つような連中なんかこきおろしてナンボだ」
「ふうん……」

高橋の物言いは如何にも傲慢である。けれど、私は高橋を咎めない。いや、咎められない。高橋はおそらくすべて承知の上で言っているからだ。全国のクイズ王たちが歯を食いしばって無用の知識を貯め込むことに日月を費やしてきたというのは高橋とて百も承知だろう。その無駄な努力を無駄だったなりに労ってやるのが人道というものだが、高橋は無駄なものは無駄だと切り捨てる。他人の努力に余計な敬意を払わない。ただ、「無駄だったねえ」とニヤニヤ笑みを浮かべながら面白おかしく脚色するのみである。
私は高橋を正当化しない。してやる義理もない。この男はいわゆるクズだ。それでも私が高橋を真正面から批判することができないのは、高橋がそうした批判をすべて計算尽くで動いているからだ。あらかじめみずから批判し尽くした上で行動に移している。あらゆる批判が釈迦に説法で終わる。下手な批判者は分かりきっていることを口に出すだけの愚か者に成り下がってしまう。それもまた、高橋のイヤなところである。

「でも、クイズ王が現代のカリスマであることは否定しない。彼らの求心力には目を見張るものがあるね」
「そう? 影響力なんて大してなさそうだけど」

そもそも、バラエティ番組くらいでしか見る機会がない。

「そりゃ馬鹿正直に“クイズ王”を名乗っていたらそうだよ。けれど、クイズ王は今や現代の至るところにいるんだ。もしそれが学者を名乗っていたらどうだい? 専門家を名乗っていたら? 研究者を名乗っていたら? 識者を名乗っていたら? きっと、国だって動かせるだろうさ。冗談でなくね」
「それを言ったら何でもそうなっちゃわない?」
「んなこたないよ。クイズ王の定義は『知性なき知識』、あるいは『発展なき応用』だ。エアプレー伊佐美の上位互換だね。持っている知識だけは本物だから見分けづらい」
「また出た、エアプレー伊佐美」
「彼もまた現代を象徴する在り方のひとつだ。ヴィーガン松雪やら、クイズ王伊藤やら、専門家小林やら、元を辿ればエアプレー伊佐美に換言できる人格は多いよ。知識というものに過大な信頼を寄せる人々の原種みたいなものだね。犬猫にとってのミアキスみたいな」
「ミアキス……」

私はスマホで『ミアキス』と打ち込んだ。犬と猫の合いの仔のような動物の画像が出てくる。あまり可愛くはない。しかし、知識云々で言うのなら、高橋だって似たようなものである。まさか自分だけはエアプレー伊佐美の同類ではないなどとケチなことは言うまい。

「つまり、高橋の祖先ね」
「まさにそうだ。僕も知ったかぶりで話していることは実に多い。なるべくフィールドワークは欠かさないようにしているけれど、興が乗ってくるとついつい口が滑ってしまう。そこへ行くと、クイズ王という連中はなかなかに手堅い。基本、知っていることばかりだからね。知ったかぶる必要が実生活ではほとんどないんだ」

下手な皮肉は高橋にはまるで通用しない。皮肉とさえ認識してはいないだろう。『実際そうなのだから』でおしまいだ。高橋との会話はラクではあるが、張り合いがない。

「で、どうしてそのクイズ王が現代にぽんぽん生まれるわけ?」
「良い質問だ。今か今かと待っていたよ」

私が尋ねなければ話が早く終わったのだろうか。惜しいことをした。

「ま、その前にトレーを片付けて飲み物を買ってこよう。何がいい?」
「お茶」

高橋は皿とトレーを重ねて返却口まで歩き出した。

          

最初

次回の更新予定は7月14日になります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?