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◯拷問投票190【第三章 〜正義と正義〜】
はじめのうちは全面的に拷問に賛成してくださいと訴えていたが、そのせいで印象が悪くなっていたらしい。リアルタイムでSNSなどの分析をしていた研究グループから指摘があった。これを受けて、長瀬たちは、直接的な表現を避けることにした。ついでに無関心層の拾い上げのほうに力点を移している。
長瀬は、宣伝カーの後部座席で、静かに目を閉じた。
瞼の裏には、ここ最近、気になっていることがいくつも浮かび上がってくる。拷問投票制度の理論的な問題、平和刑法の会の代表である川島の『なにか』、緊張が強まっていく国際関係、アメリカの介入、フィンランドのEUからの離脱と民主制の破綻、高橋実が立ち上げたホームページを介して日本中から集まる寄付金……。
中でもインパクトがあったのは、坂田真奈美の両親がどちらも拷問への賛成の意思を翻したことだった。
現実的な脅威はない。被害者遺族は投票活動ができないので、「やっぱり、拷問はやめよう」と世間に訴えることはできない。ホームページ上の被害者文書は、あくまでも長瀬たちが作成したものなので、その掲載は継続できた。
少なからず打撃を受けたのは、長瀬の心だった。
われわれの向かっている先に待っているのは、拷問だ。痛みの質は違うとしても、ペンチで爪を剥がすこととなにも変わらない。
しかるべき報い。
そこへの勢いが少し緩んできた。
動揺と呼ぶほど極端ではないが、かすかな揺らぎが生じている。長瀬は何度も否定しようとしたが、そのたびに感情が輪郭を得ていく。
これは恐怖かもしれないが、より具体的には、罪の意識とか、良心の呵責とでも呼べるだろう。
自分たちが目指しているのは、つまり、この社会で生きるひとりの人間に、きわめて強い痛みを与えることだ。犯人の行いを無視するならば、けっして正当化できない野蛮な目標である。
そんなことはわかっている。
ああ。
どうして――。