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◯拷問投票73【第二章 〜重罪と極刑〜】

 被告人側の主張によれば、被告人は、幼少期の家庭環境の劣悪さによってトラウマを抱えている。その影響により、ショッキングなことがあると激しい錯乱状態に陥るという人格的な欠陥を抱えていた。第四段階における犯行はその錯乱状態における犯行であるから、超長期的無責任として刑が免除されるべきだという。
 かなり巧妙な戦略にも思えなくはないが、一笑に付すべきだろうとも佐藤は思った。いくらなんでも、乳房を両方とも切り落とすまで被害女性のことを人型ロボットだと誤解していたというのは都合がよすぎる。
 この第一の事件における最大の争点は、被告人は本当に被害女性のことを人型ロボットだと錯誤していたのかどうか、である。もしも事実の錯誤が認められれば、殺人の故意は否定され、殺人罪には問えない。
 この主張を検証するためにも、検察側は、人型ロボットの製造企業で働くエンジニアを証人として法廷に呼んだ。三十代半ばくらいの髪のぼさぼさした男だった。人間の諍いを嫌悪していそうな、知的なタイプに見えた。
「まず、どのような職務に従事しているのかについて、ご説明ください」
 検察官の女性が尋ねると、証言台に立つエンジニアは真正面――裁判所書記官がいるほう――を向いたままで答えた。
「『マンモス』という大手IT企業のグループ会社で、エンジニアを担当しております。普段の仕事は、人型ロボットの研究開発です。すでに市販されているものも改善の余地がありますので、よりよい人型ロボットの開発のために全世界の研究者とともに協力しながら試行錯誤していくといった感じです」
 はきはきとしているが、どこか面倒くさそうな様子もある。やはり人間が苦手そうなタイプだ、と佐藤は思った。
「人型ロボットの開発といっても、身体制御から学習機能まで、さまざまな領域があるかと思いますが、どこの領域を担当されていますか?」
「学習のところですね。とくにミラーニューロンについては卒論のテーマにもしていましたので、興味関心が強いです。そのへんの人間の脳の学習メカニズムを頼りに、いかに人型ロボットの学習能力の高さを伸ばしていけるのか、それをいかに追求していくか、というのが……まあ、僕の仕事です」
 つまり、このエンジニアは、人型ロボットの学習機能については専門的な知識を保有していると考えてよい。それ以外の人型ロボットに関する知識は、一般人よりは詳しく知っているという程度かもしれない。
「では、人型ロボット――とくに『マンモス』が市販しているM2ロボット――について、お聞きしたいと思います」
 検察官の女性は、資料に目を落としながら具体的な尋問を始めた。