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◯拷問投票220【第三章 〜正義と正義〜】

 どうあれ、わざわざ川島が真の活動目的を打ち明けた理由については、長瀬にも、確信的な想像ができた。
 川島としては、拷問投票制度の廃止へと向けた動きをつくりたいのだ。この制度は害である、廃止すべきだ、と。いままでは自らの組織に縛られて言えなかったが、この騒動の中では、もはや慎む理由もない。たとえ自分の信頼は失墜したとしても、川島としては、制度そのものが経済的な障害であると主張したい。長瀬の目には、自らの大義を叫んで自爆するテロリストのように見えた。
 記者会見の最後で、川島は、告げた。
『このような事態を招き、社会を混乱させたことにつきましては、しっかりと責任を取るべきであると考えております。その方法はひとつしかありません。わたくしは、平和刑法の会の代表を辞任いたします』
 こうして川島は、表舞台から姿を消した。
 しかし、川島が辞任したところで収まる問題ではなかったし、実際、川島もこの問題を丸く収めるつもりなど毛頭なかった。
 これも計画のうちに過ぎなかったのだ。
 SNS上に流出してしまった平和刑法の会の内部情報によって、平和刑法の会は単に信頼を失っただけではない。
 裁判員に対して請託することは、裁判員法第一〇六条に違反する。立派な犯罪だ。さらに悪いことに、拷問投票法第四九条の規定を通じて、裁判所としては、裁判員法第一〇六条に違反した個人又は団体の政治活動及び投票活動を禁止することができる。まさに今回のケースは対象となる。
 裁判所は迅速だった。今回の裁判員の買収事件が組織的な犯行だったことを認定し、平和刑法の会の活動を全面的に禁止した。歴史的に異例な事態であったためか、テレビでは速報として流れた。
『たったいま入ったニュースです。東京地裁にて、連続レイプ殺人事件を担当している三名の裁判官による臨時の評議が実施され、〈今回の裁判員買収事件が平和刑法の会による組織的な犯行だったことは明らかである〉と結論し、平和刑法の会による投票活動を全面的に禁止しました。まだ投票期日まで二週間以上ありますが、残りの期間、平和刑法の会としては活動することができません。もしも今回の禁止命令に違反した場合は、六月以下の拘禁刑が科される可能性があります』
 これにて街中を動きつづけていた反対派の宣伝カーの多くが姿を消した。
 反対勢力は平和刑法の会に限られていないが、反対派としては大きな打撃だ。すぐに世論が影響され、拷問の反対派が減り、賛成派が伸びた。国民による投票で賛成票が生まれる可能性が濃くなった。
 おまけに、拷問投票法第四九の二条が史上はじめて適用され、平和刑法の会に所属している人たちの投票権が一様に剥奪された。その点で、反対派としては明確に一部の票を失ったことになる。
 全国的な組織であるだけに、大きな反発が起こった。SNSは荒れた。――これは明白な弾圧であり、表現の自由の観点から許されるものではない。平和刑法の会に所属していただけで投票権を失うなど、どう考えてもおかしい。拷問に賛成したことのある田中裁判長が職権を濫用しているのではないか――。さまざまな声が上がったが、なんらかの暴力的な反発は起きなかった。もしも日本が成熟した法治国家でなければ、暴動となり、やがて内乱へとつながっていたかもしれない。