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◯拷問投票68【第二章 〜重罪と極刑〜】

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 連日に渡って裁判所での審理が続いた。全体の流れとしては、三つの事件について時系列順に追っていくようである。予定では二か月間――六月までだ。五月半ばの現在は、高橋美紀が殺害された第一の事件についての証拠調べが続いていた。
 佐藤龍は、いつもどおり隅っこの席に座り、目の前で口を動かしつづける検察官を見つめている。
 ふたりの検察官のうち、若手の女性しか口を開かない。女性が話したほうが印象がよくなるのでは、という戦略だろうか。ゆっくりと優しい語り方で、頭の中で整理せずとも論点を見失うことがなかった。
 検察側が提示している第一の事件に関する証拠のほぼすべては、被告人が自宅内に取り付けていた監視カメラの録画映像だった。そこに犯行の一部始終がありのまま記録されていた。もはや、判決書を書くまでもなく、この映像そのものを判決書として審理を完結させたほうが明快ではないか、とも思えてきた。
 もちろん、そういうわけにもいかない。適切な順序で手続きを進めること自体が、法治国家としての威厳を保つための要素である。
 第一の事件については、大きな出来事が四つある。
 被害者への最初の暴行行為、そのあとの車内でのレイプ、自宅に連行したあとのレイプと乳房の切り落とし、そのあとのサバイバルナイフを用いた被害女性の腹部への殺傷行為である。時系列も、この流れだ。
 まず、被告人は深夜の路上で、たまたま通りかかった女性――大学から帰宅途中だった高橋美紀――の後頭部に、ホームセンターで購入したハンマーで殴りかかっている。のちに司法解剖された遺体の後頭部には、このときにできたものと思われる跡が残っている。頭皮が裂けて出血し、頭蓋骨にはヒビが入っていた。
 佐藤たち裁判員には、実際の遺体の写真ではなく、実際の写真をイラスト風に加工したものが提示された。それを見れば、痛々しく頭皮が傷ついているのがはっきりしている。かなりの力で殴らなければこうならず、この時点ですでに生命に対する危険が生じていたとする解剖医の見解が報告された。
 このときに用いられたと思われる小型ハンマーは、被告人の自宅の押し入れから発見されている。そこに付着していた血痕が被害女性のものと一致し、また被害女性の後頭部にできた傷とそのハンマーの形状が一致しているという。このハンマーが用いられたことはまず間違いない。
 ハンマーの柄からは、はっきりと被告人の指紋が検出されている。
 そのうえ、被告人の部屋の玄関前の廊下には監視カメラがあり、その記録によれば、第一の事件の発生後、被告人の自宅に入っていったのは被告人と被害女性たちだけであった。そのハンマーが、被告人ではない誰かが侵入し、被告人が気づかないうちに置いていったものだ、という可能性は低い。
 第一の暴行行為の犯行現場となったのは、都内の住宅街の狭い路上だった。
 そこはほとんど人が通ることはなく、目撃者はひとりもいない。被害女性は声を上げることも、大袈裟に抵抗することもなかった。その当時近くの建物にいた住民たちも、一切、気が付かなかったようだ。のちの警察による聞き込みでも、物音を聞いたという声すら上がってこなかった。
 その路上には、ハンマーで殴られたときに飛び散ったものと思われる微量の血痕が残っていた。幸いにも、警察が動くまでに痕跡が完全には雨で流されなかったようである。その血痕は被害女性のものと一致している。
 路上には監視カメラの類は設置されていなかった。
 暴行行為そのものの事実を直接的に示している物的証拠はないが、以上のようなさまざまな証拠から総合的に判断すれば、それほど疑う必要もなさそうである。
 被告人はたしかに、三月五日の午後十一時ごろ、その路上において被害女性の頭部をハンマーで殴り、抵抗の意思を抑圧し、激痛と恐怖で動けなくなった女性を近くに停めてあった車まで運んだ。
 このとき被害女性が暴れたり大声を発したりしなかったことは奇妙な点ではある。佐藤の感覚では、いきなりハンマーで後頭部を殴られて激痛が走ったら、思わず叫ぶのが一般的ではないか、と思える。だが、この点については被告人側も争う気はないらしい。被害女性が進んでついてきたというような主張はしていない。急に事件に巻き込まれたら、叫んだり暴れたりする余裕もなくなるのかもしれない。