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○拷問投票36【第一章 〜毒蛇の契約〜】

「制度が施行された直後は国民の士気も高く、実際に過半数が積極的刑罰措置に賛成していました。しかし、徐々に、国民の投票離れが起きています。さらに悪いことに、と言うべきですが、ここのところ、国民による投票において過半数が賛成していない状況が続いています」
 政治に対する無党派層が拡大している現代においては、投票離れが起こることはとくに驚くべき事態でもない。  国民の多くは国の活動にほとんど期待をしていない。長年に渡って期待を裏切られてきたことから不信感が募っている。しまいには無関心がはびこり、国の活動を他人事として認識するようになってきている。
 その結果として投票率そのものが低下している現状へ、さらに追い打ちをかけているのが人権派グループだ。
 弁護士による組織をはじめとした人権派グループ――たとえば平和刑法の会など――の活動には賛同する国民も多い。これらのグループや国民は、拷問投票は前時代的で野蛮な制度だ、と批判している。
 しかも、この立場には国際社会も賛同している。拷問投票法が日本の国会で可決されたとき、ただちに国連総会において、この法律を非難する決議が採択された。主導したのは、日本と対立を深めてきた中国だ。それ以降、日本国内で拷問投票が実施されるたびに、国連は非難決議を採択するようになっている。これにより、「日本は残虐な民族であり、日本の同盟国であるアメリカは卑劣極まりない多民族国家だ」という中国の主張は、国際的に受け入れられている現状である。
 このような国際社会からの追い風を受けて、国内の人権派グループは、なかなか盤石な地盤を持っている。拷問投票制度をよく思わない国民たちが団結し、全国規模の巨大な組織票となっているわけである。
 これらの壁を突破するためには、棄権を続けてきた国民に投票をするように促し、かつ、巨大な反対勢力を崩さなければならない。
 それは当然、かなりの難題である。
「ちなみに、国民の賛成票が生じたときには、さらに国会の過半数の承認が必要であるということになっていますが、これは気にしなくて結構です。現在、衆参両院で与党が過半数を持っています。賛成票が生じれば国会が承認するのは必然です」
 ともあれ、まずは、この国民の壁を突破するために尽力しなければならない。それはすでに高橋実も認識しているようであるから、より慎重な説明は不要だ。
「ふたつ目の壁は、裁判員の壁です」
 長瀬は、適度にうなずく高橋実の反応に気を付けながら、話を進めた。