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○拷問投票32【第一章 〜毒蛇の契約〜】

 もちろん、裁判員裁判が維持されるからといって、裁判員等に対して積極的に介入することが正当化されるわけではない。
 裁判員等に対して脅迫をするようなことは絶対に許されない行為である。脅迫行為はそれ自体が刑法の処罰対象となるうえに、そもそも、裁判員等に接触することは裁判員法で禁止されている。
「どんな状況――たとえば裁判員に危害が加えられるようなこと――になっても、裁判員裁判が変更される可能性は極めて低いです。ただ、注意しなければなりませんが、裁判員法には明文上で、何人も、裁判員等に接触してはならない、と規定されています。裁判員等に請託をしたり威迫をしたりした場合には、拘禁刑や罰金刑を発動できるようになっていますので、とくに注意が必要です」
「それは安心してください」
 高橋実は、ぎゅっと口の周りに力を入れた。
「わたしは、法律を厳守するつもりです。法外に復讐をしようと思っているわけじゃないですから」
「それなら、よかったです」
 復讐、という直接的な言葉にどきっとしたが、長瀬は、その動揺を顔には出さないように気を付けた。
 そのとき、ちょうど注文したアイスコーヒーがふたつ届いた。長瀬も、高橋実も、コーヒーに用はなかった。
「続いて、第四条第二項ですが、この規定にはいくつかのケースが列挙されていて、これらのケースに該当すると認められたときは投票を実施しないとするものです。よく読んでいただければわかりますが、これらはただのお飾りです。解釈の仕方にもよりますが、ありえないようなケースばかりですから、現実的には機能しないでしょう。これまでも、第四条第二項の規定によって投票が実施されなかったことは一度もありません」
「なるほど……しかし」
 高橋実は、うっすらと眉間にしわを寄せた。少し考えるような動作をしてから、隣の椅子に置いていた自らのバッグへと手を伸ばした。その中から、『解説・刑罰投票法』という解説書を取り出した。
 それをぱらぱらとめくり、手を止める。
「ひとつ、気になることがあります。第二項第四号には、『被害者若しくはその遺族若しくはその関係者が社会的な影響力を持っていること』と書かれているんです。これは、その……たとえば、わたしがメディアに出演するなどして影響力を持ったときに、これが問題になったりはしないのでしょうか」
 ぐっと力強い目が上がってくる。
「問題ありません」
 長瀬は、力を込めて答えた。