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○拷問投票34【第一章 〜毒蛇の契約〜】

「ともかく、ほかの被害者遺族の方々とも関わりをつくっておくくらいでいいのではないでしょうか。相手も人間ですから、いろいろな考えをお持ちでしょうが、まあ、過半数が反対するということは考えられません。第三項にも問題はないということです」
「これで全部ですね」
「はい。特別、気にしなければならないものは何もないということを、ご理解いただけたのではないか、と思います」
 対象からの除外に関する第四条の規定は、それら三つのみである。裁判員裁判によって事件が扱われたうえで、ほとんどお飾りに過ぎないような極端なケースにも該当しない状況があり、さらに被害者遺族たちがよほど禁欲的な精神を持ち合わせているという考え難い事態が起きなければ、投票は実施される。
 基本的には、やはり、単なる死刑判決さえあればいいということになる。
 以上のような説明に対して、高橋実は、それなりに納得した様子であった。疑問に思っていたことは無事にすべて解消しましたとでもいうかのように、それまで手にしていた『解説・刑罰投票法』を丸いテーブルの隅っこに置いた。それから、すーっとアイスコーヒーのグラスを引き寄せて、口に持っていく。
 拷問投票法第四条の話題については、それ以上のことを気にする素振りはなかった。長瀬も、アイスコーヒーを一口だけ吸い、口の中を潤してから、話を進めた。
「まずは、死刑判決を勝ち取る。これが絶対に不可欠です。しかし、これはほんの前提条件に過ぎません。ご存じの通り、この制度は、積極的刑罰措置の発動のために、投票という特殊な形式を採用しているのですから」
 三権分立が国家の基本原則となっている現代日本においては、立法権も、行政権も、司法権も、それぞれに独立した主体として尊重される。
 それは単にお互いの権力がバランスを保つという意味のほか、これらの権力がそのほかの団体や個人の影響も受けてはならないという意味も含まれている。たとえば、司法権を行使できる裁判官が、担当する事件の被告人から金銭をもらい、その見返りとして被告人に対して軽い刑を出すような、そんな事態は許されない。
 そこまで悪質な事態でなくても同様だ。基本的にそれぞれの権力行使の主体は、独立した職権を認められている。その職権を行使するにあたり、その職権を保有しない主体に影響されることはあってはならない。
 その点において、拷問投票制度は例外的だ。国家権力の意思決定に際し、本来は職権を認められていない国民の投票を介するというのだから。
 長瀬も参加していた拷問投票制度の具体案の議論の中でも、その例外性については慎重に検討された。その結果として採用された投票の制度は、司法権の独立を侵すことがないように、少々、複雑なものとなっている。
「意外とややこしい投票制度になっておりますから、いまいちど、ここでわかりやすく整理してみることにしましょう」
 長瀬は、拷問投票法第五条に規定されている投票の制度について解説を始めた。高橋実は彼なりに勉強しているようであるから、一からの説明というよりは、すでに基本知識があることを前提としたうえでの確認という程度である。