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◯拷問投票218【第三章 〜正義と正義〜】

 佐藤は、言い訳をするように、フェイク情報だと見抜けなかった原因を探した。すぐに見つかった。冷静な思考に至れなかったのは、おそらく、『裁判員』という自分と関連する情報に動揺したせいだ。
 なんで、そこまで動揺したんだろうか。
 裁判員としての経験に、なにか、後ろめたさでも感じているのだろうか。
――ああ、そうだ。
 佐藤は、心の中だけで、自分の弱さを認めた。裁判員として事実の認定から死刑判決まで付き合った経験にはある種の満足と自負がある一方で、糾弾されてもおかしくないようにも感じていた。
 なにより不安なのだ。本当に正しく判断できたのか。死刑判決自体に疑いはないが、結論がすべてではない。
 もっと慎重に考えるべきだったのではないか。ネット上の一部の指摘にもあるように、たとえば動機の推定には飛躍があったのではないか。第一の事件における被告人の認識についても、もっと議論を深めるべきだったのではないか。
 まとわりついてくる不安は、佐藤自身に、銃口を向けてくる。
 さらに、そんな弱腰な自分が裁判員として参加していたこと自体も、スルーできるものではなかった。お金に釣られたりしないで、なにかの理由をでっちあげて、辞退しておけばよかったのだ、とも思う。こんな人に裁かれた被告人も、こんな人に判断を任せるしかなかった今回の事件の被害者たちも、浮かばれない。今回の事件に関わった全ての人たちに、なんとも申し訳ない気持ちがあった。
 心の奥では、自分は糾弾されるべきだろう、とも思っている。
 深く考え込んでいくと、どんどん悪い方向に進んでいく。その先でなにかが得られるわけでもない。
 このままじゃいけない、と佐藤は思った。弱気な自分とは、すぐにでも、おさらばするべきだ。
 過ぎていったことは変えられないなら、まだ過ぎていないことに対して真摯に向き合うしかない。せめて、最後に残された裁判員としての任務――拷問投票――においては、自信に満ちた一票を投じたい。投票したあとになって、世間にいろいろ言われて、呆気なく、ぐらついてしまうような一票ではいけない。
――その一票はどっちだ。賛成か? 反対か?
 おそらく、その一票は、賛成票なのだ。佐藤は、奥深くから浮かび上がってきた心の声を記憶に刻んだ。