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◯拷問投票249【第四章 〜反対と賛成〜】

 ――緊張してますか?
 そう問いかけようと息を吸ったとき、ちょうど同じタイミングで佐藤のほうから声が飛んできた。
「あの、さっきはごめんなさい」
 脱力感を漂わせながらも、一定の声量があって聞きづらくはなかった。運転席に座っているとはいえ自動運転だ。長瀬は、躊躇なく首を回した。佐藤はこちらを見ていた。ステージ脇で覚悟を決めている舞台俳優のように、緊張しつつも心が錯乱していないことを物語っている顔だ。
「さっき、と言いますと?」
 長瀬は、会話を成立させたくて、わかりきっていることをあえて訊いた。
「助けてくれようとしてたのに、失礼な態度を取ってしまいました。本当は丁寧に感謝すべきところでした。ごめんなさい。そして、現在進行形で、ありがとうございます。タクシー代は僕が出しますから」
 ここでタクシー代を奪い合うのも滑稽だろう。それなら任せてください、とは長瀬は言わなかった。
「気にしてないから別にいいですけど、投票に気が向かないということですか? まだ悩んでいる、とか?」
 突っ込んでみると、佐藤は、数秒間、黙った。まだ濁りがなく血管さえ浮いていない若い目を、至近距離で見つめる。長瀬には肯定の間のように思えたが、どうやら違うらしい。ふっと肩を落とすように息を吐いてから、「いいえ、そうではなく……」と首を振り、佐藤は、またフロントガラスへと向き戻った。
「どっちに投票するかはもう決まっています。だけど、できれば、投票はしたくない。それが本音です。偉そうに聞こえるのかもしれないですけど、死刑執行のボタンを押すのと同じような恐ろしさがあります」
「そこまで?」
 長瀬は、思わず、声を上げた。
「死刑執行と同じような恐ろしさが?」
「はい。うぬぼれてるわけじゃないんですが」
「そりゃそうでしょうが……」
 賛成票だ、と長瀬は確信した。反対票を入れることに死刑執行のボタンを押すのと同じような恐ろしさがあるわけがない。
 拷問に賛成せざるを得ないからこそ、佐藤は苦悶しているのだ。
 であるなら、佐藤の一票はきわめて重い。長瀬は、俄然、使命感が湧いてきた。この大事な賛成票を、なんとしてでも裁判所まで送り届けなければならない。どうか頼む、とAIに祈りを捧げた。
「ひとつ個人的な話をしておきますが」
 佐藤とは反対方向へ、右のサイドガラスのむこうへと顔を向けた長瀬は、ついにスイッチが入り、語り始めていた。