○拷問投票41【第一章 〜毒蛇の契約〜】
「具体的な全体像が見えてきました」
それだけ言うと、高橋実は、光線のような鋭い視線をテーブルに下ろし、アイスコーヒーをすする。
もはや言葉で表現のしようもない恐ろしい連続殺人鬼に娘を殺された親がいま目の前にいるのか、とあらためて思い、長瀬はついその様子をまじまじと見つめた。直接は観察することのできない感情という、ある意味で強制的な原動力が、その小さな身体に凝縮されているのであろう。
高橋実の顔が上がるのと同時に、長瀬は、話を再開する。
「拷問投票まで見据えて考えても、社会に対して働きかけることは重要です。社会に働きかけることができれば、直接的に国民に影響を与え、間接的に裁判官にも影響を与えます。裁判員に対しては法廷においても影響を与えることができますが、もちろん、裁判員も国民の一員なので、社会の影響を受けるでしょう。やはり拷問投票を優位に進めるためには、社会に働きかけることが不可欠です」
それでいて、そのほかにもメリットはある。
「それだけでなく、社会を味方につけるということは、裁判への圧力をかけるということです。それは死刑判決を勝ち取るためにも重要な要素です」
「まずは、そこなのだろう、と」
高橋実の声は低く、喉ではなく、精神そのものから音が出ているかのようだった。
「もっと言えば、それしかないのだろう、と。そう、わたしも考えておりました。先生と見解の一致を見ることができて、たいへん嬉しいです。可能な限り、わたしは動くことを覚悟しております。もう心は準備できているんです。あとは法律上の問題が気になっているだけなのですが」
「ええ、そこを検討しましょう」
ひとまず拷問投票についての具体的な現状に対する理解を共有したところで、ついに行動計画に踏み込んでいくことになる。
長瀬は、口を動かしつづけた疲労を解消するため、ほとんど口をつけていなかったアイスコーヒーを一気に吸い込んだ。みるみるうちにグラスの中の黒い液体は減少し、勢いは止まることなく、そのまま消える。
うほん、と喉の調子を整えてから、長瀬は、口を開いた。
「まずは、社会に働きかけるためにも、ネットメディアに露出する必要があるでしょう。ここで気になるのは、それをやっていいのか、という問題ですね」
「はい」
「はっきり言って、やっていいです」
長瀬は、明言した。