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◯拷問投票216【第三章 〜正義と正義〜】

『わたしだって、サイコキラーを、かばいたくはないですよ。殺人鬼の涙なんてのは、フィクションの中の小道具に過ぎない。少なくとも、そう思っている人は、たくさんいるわけでしょう』
『じゃあ、なんでですか』
『この拷問制度があることで、迷惑を被っている人たちがいるんですよ。国際的な風潮としては、残虐な刑罰は廃止に向かってる。死刑も歴史の遺物になり始めてる。武士の切腹みたいにね。国際社会は非難を続けていて、国連だって黙ってない。いくつかの国は日本に対して経済制裁を加えていることも、ご存じでしょう? そのせいで路頭に迷っている人もいるんです。拷問投票制度は日本経済にとって致命的だから、すぐに廃止したほうがいい。拷問が実際に発動されたりしたら、日本経済はさらに落ち込む。拷問には反対するしかないんです』
 経済制裁、と佐藤は頭の中でつぶやいた。そういえば、死刑判決が出たとき、ドイツ政府とイギリス政府が日本に対する新たな経済制裁を発動することを発表していた。死刑や拷問投票に反対したものである。
 具体的には知らないが、たしかに国際社会からの非難と制裁についてはよく耳にする。テレビでも、お決まりのニュースだ。
 いまだ世界的なシェアを誇っている日本の自動車製造企業たちも、ヨーロッパのいくつかの国の市場から締め出されている。経済的な損失は大きい。制度が廃止されれば、失業しなくても済む労働者がたくさんいるのかもしれない。利益を失っている企業としても、死活問題だ。
『このままだと日本の復興はどんどん遅れていくことになります。日本の政治家たちも、そんなことはわかってます。わかったうえで、国民の反感を買いたくないから、廃止へと動けないんです。だったら、せめて、これ以上の悪化は阻止しなければいけない。制度の存続は短期的には仕方がないとしても、拷問が実際に発動されることは、絶対に回避しなければいけません』
 川島という人は、表向きは人権を訴えているはずだが、それは表向きの態度に過ぎなかった、ということだろうか。本当のところは、日本の経済的な損失を最小限にするために拷問に反対してきた、と。
 佐藤は、経済的な問題については疎かった。拷問が抑止されたり廃止されたりすることで、いかなる経済的な影響が出るのか、詳しくはわからない。
 だが、素人でも、拷問を実施してしまう国が周りからどのように見えるかについては想像が容易い。
 未開で野蛮、と見られても仕方がない。
 周りの国々が日本という国家自体を信用しなくなれば、結果的には経済的な損失につながるのかもしれない。
『でも、かりに、拷問を発動することが正義だったとしたなら、正義を放棄してでも単純な利益を追求すべきですか?』
 意外に鋭い指摘だが、川島は怯まない。
『正義なんてのは、どこにもない。これは正義だと主張する人がいれば、その全員がペテン師ですよ。独自に正義と呼ぶものを貫いても、堅苦しいジイさんになるだけ。日本という国には主権があり、自分たちのことについては周りから口出しをされないという建前になっているが、それは建前だとわきまえるべきです』
 地球上において日本という国が傍若無人に振舞えば、しかるべき制裁が避けられない。そういうことか。