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◯拷問投票166【第三章 〜正義と正義〜】

「いわゆる事実の誤った認定など?」
「ええ。それに加えて、量刑判断のミスもあります。犯人性とは違うところで、きわめて細かい無数の問題が発生しています」
 内藤の言う通り、冤罪というのは、犯人ではない人が犯人として処罰されることだけを意味するのではない。犯人ではあったとしても、過失致死に過ぎなかった犯行が殺人として処罰されることも冤罪であるし、本来なら懲役十年にすべき犯罪だったのに死刑に処されることも冤罪である。
 日本では三審制を採用することで誤った事実の認定や偏った量刑を是正しようとしているが、拷問投票制度においては、その工夫がない。きわめて冤罪が発生しやすい制度的な欠陥があることは否定できない。
「今回の事件で言いますと、客観的な事実認定には十分すぎるほどのものがあります。犯行の多くの部分が映像として残っていたことは幸いでした。しかし、主観的な事実の認定については首を傾げざるを得ないところもありました」
 内藤が言うには、今回の事件では三つの『犯人の悪性格を根拠にしている判断』が紛れ込んでいる。
 第一の事件については、犯人が相手のことを最初から人間だと認識していたという事実を認定しているが、ここには合理的な疑いを入れる余地がある。背後から確認しただけで人間か人型ロボットかを区別するのは困難である。このポイントでは、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従い、『最初から人間だと認識していた』という断定的な事実認定は避けるべきだったと言える。
 第二の事件については、被害者から同意がなかったことについての事実認定は強固であるものの、犯人の動機については、『ちょうど本人が「殺して」と言っているのだから同意殺人になるだろうという悪知恵を働かせた』と、種々の証拠から飛躍しすぎた事実を認定している。証拠から推認することが困難な事実を、この犯人なら、きっと、そうだろう、という犯人の性格を前提にして判断することは是認できない。
 第三の事件についても、『Cが生きたままでレイプするのは労力がかかるから殺してしまってからレイプすればいいと考えた』という殺人の動機を認定しているが、これを認定するための具体的な証拠が存在していない。やはりこれも、こんな悪質な犯人ならば、そういう動機だろう、という偏見的な判断である。
「以上のように見てきますと、今回の裁判では、本当かどうか疑わしいところをある種の勇気を持って断定してしまっています。これらの事実を前提にして国民は投票に行くわけですが、これらの事実が本当は間違っていたということになれば、それは国民にとっても喜ばしくはないはずです。当然、犯人にとっても、いわれのない非難を浴びることになり、自分に向けられた非難の声を素直に受け止めることが困難になります。まして、拷問まで発動されれば、犯人からしたら、魔女裁判以外のなにものでもないでしょう」
 それにくわえて、どうして無投票付き死刑ではなく単なる死刑になったのかについて説得的な論拠が明示されていないことも不当である、と内藤は言った。
「ですから、わたしは、今回の投票においても、拷問に反対するしかない、と考えているのですが……」