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○拷問投票13【第一章 〜毒蛇の契約〜】

 死刑判決を言い渡した合議体の中に裁判員が参加していなければいけないことの意味についても、同様の説明が成り立ちうる。国民の中からランダムで選ばれた裁判員という健全な社会常識を代弁すべき国民の代表――事件の審理に参加したという意味においても国民の代表である――が大きなウェイトで投票に加わっていることが、制度の濫用を避けることに寄与する。それも慎重な判断のために必要不可欠だ。
 一部には、裁判員以外の国民による投票の結果が一票に集約されることは不公平との主張もある。
 しかしながら、この主張はあたらない。司法判断をするに際して事件の公判に参加していることは必要不可欠であり、そこに参加していない国民の意見を大きなウェイトで集計することのほうが圧倒的に不公平である。
 ともあれ、積極的刑罰措置のための投票が行われるためには、まずは、その被告人に対して死刑判決が下されなければならない。長瀬は、その点を強調した。
 ただし、現在においては、それだけでは足りないのも事実だ。拷問投票法が制定後に改正されているからである。
 拷問投票制度が施行されたあと、永山基準等の死刑のための要件が厳しくなり、裁判実務で死刑判決が減少している。
 この現状に対処するべく、一年前に拷問投票法は改正された。第四条の二として無投票付き死刑の制度が導入されている。
 これにより、死刑であっても積極的刑罰措置の実施に関する投票をしないという判決が可能になった。当然のように、投票がなければ積極的刑罰措置も発動されない。この無投票付き死刑ではなく、単なる死刑判決が下されなければ、その被告人への積極的刑罰措置のための前提条件を失うことになった。
 以上の経緯は次のようにまとめることができる。つまり、当初は単純な死刑の付加刑であるに過ぎなかったものの、数年のうちにも、その裁判実務の中で差別化が生じている。裁判の中では、それまでの死刑と、拷問投票制度のもとでの死刑を、刑罰として段階的に捉えているわけだ。この無投票付き死刑の制度の導入によって、その捉え方が明文化され、制度化されたと言ってよい。
 平たく言えば、積極的刑罰措置は死刑よりも重い刑罰としての位置づけを与えられているということになる。そのハードルは高いと言わざるを得ない。
 ……以上のような制度の現状について長瀬が説明をしている間、高橋実は落胆する様子もなく血走った目を見開いていた。
 あのときの異様な様子が頭に残ったままである。ようやく届いたフレンチトーストに齧りつきながらも、長瀬の意識には、幾度もなく食べてきたフレンチトーストの美味しさが浮上することはなかった。
 しかるべき報いを。
 犯人に。
 娘を惨殺した凶悪犯に……
――拷問を。
 そりゃそうだよな、とも思ってしまう長瀬であった。