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○拷問投票35【第一章 〜毒蛇の契約〜】

 なによりもまず、全体で十票がある。そのうち六票以上の賛成があれば、拷問の発動が決定される。
 ただし、裁判官のうち少なくとも一人は賛成していなければならないし、国民による投票の結果としての一票も賛成票でなければならない。そこがこの制度をわかりにくくしているポイントである。
 長瀬は、大学で講義を担当している経験から、これを直観的に理解するための例え話を持っている。
「次のように考えれば明快です。ひとつの学校を考えてみましょう。その学校には、三人の生徒会役員と、六人のクラス委員長と、そのほか二百人の生徒がいます。本来なら、生徒会の活動は、生徒会役員の三人に六人のクラス委員長を加えた計九人による合議体で決めることになっていましたが、生徒たちから『わたしたちの意見が反映されていない』という批判を受け、生徒たちの意見も部分的に反映させることになりました。まずは従来と同様、もともと合議体に参加している九人による評決が行われます。生徒会役員には特別の権限があるため、少なくとも生徒会役員のうち一人の賛成を含んだ形での、九人の過半数である五人以上の賛成が必要です。もしも五人以上の賛成があったならば、今度は二百人の生徒たちによる承認の是非に関する投票が行われます。そこで生徒たちの過半数が賛成すれば、結果としてそれが決まり、過半数が反対すれば、それは否決されます。従来の合議体による評決は尊重されながらも、そこに生徒たちによる審査が入り込むのだと考えれば、イメージ的にはそう遠くはないだろう、と」
「政府が結んだ条約を国会が承認するようなものですね」
「直観的には、そういうことです。拷問投票制度では裁判官と裁判員の計九人による投票と国民による投票が同時に実施されるので、国民による承認という印象が希薄になっています。しかし、はっきりと言ってしまえば、要は、国民による承認が新たに加わっただけだということです」
 講義や講演のときに使い回している説明なので、すらすらと要点を絞って語ることができた。
 しかし、このままでは終わらない。
 国立大学に在籍する法学者という身分の長瀬にとっては、この説明より一歩先に進むことはあまりない。今回は、積極的刑罰措置の発動条件を具体的に明らかにすることが求められているので、より踏み込んでいく必要があった。
「積極的刑罰措置を発動するためには、大きく、三つの壁があります。最初の壁が、無関心な国民です」
「ええ。まずは、そこでしょう」
 高橋実も、国民の壁の重要性は理解しているようである。ならば話が早い、と長瀬は思った。