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◯拷問投票63【第二章 〜重罪と極刑〜】

 続いて、田中裁判長は、被告人を証言台の前に立たせたまま、左のほうへ目を転じた。裁判長の視線の先にいるのは、検察官ふたりである。
「それでは、検察官。起訴状を朗読してください」
「はい」
 立ち上がったのは、女性の検察官のほうだ。グレーのスーツがぴったり決まっていて、スタイルもよい。ショートヘアーも適している。いかにも知的そうな印象で、しかも突き抜けたエリート感がある。優れているから嫉妬されるというような、そういう次元を超えているように思えた。
「被告人、坂越真は、令和二十五年三月五日……」
 検察官が淀みなく読み上げていった起訴状によれば、被告人の及んだ犯行は次の通りである。
 第一の事件は、春に起こった。当時の被告人は、ある夜、夜道を歩いていた見知らぬ若い女性に近づくと、いきなり後頭部をハンマーで殴打した。痛みと恐怖のあまり動けなくなった女性を強引に被告人所有の自動車に運ぶ。声を出すことができなくなった被害女性を車内でレイプしてから、そのまま自宅マンションに向かった。被告人の部屋はマンションの一階であり、そこに女性を運び込んだ。防音の一室に監禁し、被害女性から「殺さないでください」と求められたところで、いまいちどレイプした。荒い息を発する被害女性に興奮した被告人は、サバイバルナイフで生きたままの女性の乳房をどちらも切り落とした。それから動けなくなった女性に跨り、腹部を無数回に渡って刺し、絶命させた――。
 それと同じような事件を、さらにふたつ、起こしている。
 佐藤は、とても聞いていられなかった。まさに悪夢のような犯行である。第一の事件で殺害されたのは、高橋美紀という女子大学生だった。傍聴席に座るその父親、高橋実が静かに握り拳を震わせているのを見て、佐藤はいたたまれなくなった。高橋実の目は、被告人の背中を睨んでいる。
 これは佐藤の錯覚かもしれないが、身も凍るような残酷な犯行が読み上げられてから、傍聴席からの圧力が増していた。あからさまに傍聴席に目を向けることはできないが、どの顔も険しくなってきているような気がする。証言台の前で傍聴席に背を向け、俯いたままの被告人には、これといって動きがない。
 ついに検察官による恐ろしい起訴状の朗読が終わった。
 法廷内には毒ガスが満ちたような息苦しさがある。被害者の吐いた生々しい息に包み込まれたようだ。
 田中裁判長は、黙秘権の存在や陳述の証拠性などについて簡単に被告人に告知し、公訴事実についての陳述を許可した。
 被告人は、なお目を伏せたままだ。巨体を丸めるようにしながら、相変わらず力のない声を発した。
「まず、一つ目の事件ですが。なにより、客観的な事実関係は認めます。ただ、ハンマーで後頭部を殴打したときは、その相手が人間であるという認識はなく、人型ロボットだと思っていました。人型ロボットの頭を殴り、制御不能にしてから、レイプしました。その間もほとんど人間的な反応がなかったので、これは人間ではないと錯誤したままでいました。自宅に連行してからもずっと人型ロボットだと思っていましたが、乳房を切り落としたときに、それが人間であることに気が付きました。狼狽してしまい、パニックになり、気が付いたら、サバイバルナイフで殺してしまっていました」