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○拷問投票38【第一章 〜毒蛇の契約〜】

 この規定が持ち上がった背景には、拷問投票法第一九条の存在がある。第一九条は、拷問投票における裁判員としての投票権を与えられた者またはその権利を継承することのできる補充裁判員について、その辞退を禁止したものである。
 わざわざ辞退を禁止したのは、その段階になって裁判員たちに辞退されると、拷問投票という制度が実質的に機能しなくなるからだ。
 投票は責任が重いので、わたしはやめます、わたしもやめます、みたいなことを認めるならば、裁判員が足りなくなる危険性がある。
裁判員が足りなくなったときは反対票として集計することになっているものの、それは最悪の事態である。
 そこで、裁判員たちに投票を終えるまでしっかりと任務を果たしてもらうために、例外的に、投票までの期間の辞退を禁止しているわけだ。ちなみに、特別の規定がある場合を除いては、裁判員たちを解任することもできない。
 ここで別の観点から問題として浮上してくるのが、裁判員たちに負担をかけすぎてしまうことである。
 自分の投じた一票によって拷問が実施されるというのは、死刑執行のボタンを押すのと同様に、かなりのストレスを強いるものだ。職業としてではなく、単に国民の一員として選任されたに過ぎない裁判員たちにそれを課すのは重すぎる。
 そのような裁判員たちに対する特別の配慮の必要性から、再投票の権利を認めることによって精神的な負担を減らそうとしたわけだ。これはもちろん、投票結果として拷問の実施が支持されたときに、自分の投じた賛成票を事後的に反対票に切り替えることを想定したうえでの規定である。
「投票の期日において六票以上の賛成票が揃い、その中に裁判官による一票も、国民による一票も含まれていたとしても、賛成票を投じた裁判員が怖くなり、尻込みして、あとになって反対票に投票し直せば、積極的刑罰措置が実施されなくなる可能性もあります。そうならないためにも、裁判員たちに対して、この犯人には拷問をしても致し方ない、と思わせるような強いインパクトを与える必要があります」
「なるほど。であるなら……」
 高橋実は、しばし考えるような動作をしてから、慎重に口を開いた。
「あまり詳しくはないんですが、たしか、被害者の遺族なら、優先的に裁判を傍聴できたのでは?」
「可能です」
 長瀬は、間を置かずに応じた。
「被害者参加人としての身分ならば、傍聴と言わず、検察官と並んで法廷内に列席することもできます」
「たとえば、そのとき、わざと涙を流しつづけるような演技をしても、退廷を命じられることはないのでしょうか?」
 それは演技の完成度にもよるのではないか、と思ったが、口には出さなかった。いま目の前にいるこの人ならば、その演出が裁判員たちの心を揺らすことに寄与する限り、いくらでも演技の練習をしそうである。
「ひとまず、そのような具体策の検討については、あとに回すとしましょう。ここでは積極的刑罰措置の具体的な発動条件を、引き続き、整理していくことにします」
 長瀬は、少し話が逸れそうになったのを見逃すことなく、適切な方向へと話の流れを元に戻した。