見出し画像

◯拷問投票284【第四章 〜反対と賛成〜】

 もっと調べてみると、人型ロボットへの脳移植を不法に行っている団体があることがわかった。不正に入手した人気モデルなどの脳データを性風俗用の人型ロボットに移植し、それをラブドールとして売る、というビジネスである。大金さえ払えば、誰の脳であれ移植するし、どんな容姿に仕立て上げることもできる、という。立派な犯罪だが、佐藤には救いの糸にしか見えなかった。
 ダークウェブから接触を試みて、違法団体と契約を交わすことができた。亡くなった理子の脳を理子の姿をした人型ロボットに移植してほしい、とメールで伝えると、丁寧な返信が来た。
『可能ではありますが、本人が自殺されたということになりますと、その部分も受け継がれてしまうことになります。つまり、理子さまの脳を引き継いだ人型ロボットも同じように破滅的な行動に出る恐れがあるということです。過去にも、自殺された方の脳を引き継いだところ、そのロボットが飛び込み自殺をしてしまった事例がありました。ですから、理子さまの自殺の原因となっているであろう脳の異常な発達を部分的に改善、修正することにより、自殺しないように設定することも検討すべきか、と思います。技術料として請求することにはなりますが、自尊心の低さを緩和することは可能です』
 まるで理子の存在を異常であるかのように捉えていることには不快感を覚えたが、そうするしかなかった。
 佐藤は、脳の修正を承諾し、メールにて理子の脳内状況に関するデータを送った。そのうえで指定された口座へ、およそ三百万円を入金した。
 あとはひたすらに待つだけだった。進捗状況については教えてくれない。メールにて簡潔な注意事項の説明があるだけだった。
『これはあくまでロボットであるため、本人と似たような動作をおこなうだけであり、感情は宿りません。また学習機能が備わっているため、日常生活を続けるうちに動作や性格が変化することもあります』
 三か月ほど過ぎて、ようやく佐藤のもとに理子が届いた。
 違法団体だけに不安はあったが、佐藤の前に現れたのは紛れもなく理子だった。生前の理子と同じように会話の波長が合ったし、細かい動作にいたるまで理子そのものだった。今後の人生の中で、あの感動を超えるものはないだろう。
 驚くべきことに、記憶も維持されていた。理子が遺していった十字架のネックレスを見せると、「それ、わたしの」と自ら手に取り、身に着けた。
 口癖の『毒蛇』や『視点』という言葉たちも、本人しか知らないニュアンスで使っているようだった。
 佐藤とはじめて会った日の出来事も知っていた。本人のようにしか見えないので、ロボットだからといって無神経な質問を気兼ねなくできるわけではない。佐藤は、できるだけ触れないように避けていた。それでも、理子はそれをたしかに心の傷として受け止めているようだった。
 ただし、脳の修正により、その傷の深さは緩和されていた。量的に緩和されただけで、質的には同じである。
 理子が死ぬまで維持していた精神も、そのまま残されていた。人を傷つけてはいけない、という原則への固執。傷の深さが緩和されたせいか、その精神はより強固になり、理論的にも発展していた。
 理子は、現代社会を『正当化の嵐』と呼んでいた。それは複数の正義の乱立とも言い換えられるかもしれない。自分とは違う意見や感覚を持つ人たちを攻撃し、相手が間違っているからだと正当化する。
 終わりが見えない。だから、原則に戻りたい。それが理子の脳みそに宿っていた遺志だった。
 どうしても原則から逸脱したいのならば、逸脱せざるを得ない説得的な理由が必要である。相手を傷つけることがなんらかのプラスとして働く可能性が高いとか、実際にも、その傷が相手にとってプラスになっているとか。そういうような理由もなく、ただ自分のストレスを発散するための攻撃ならば、例外として許容されるわけもない。
 理子は正当化の範囲を最小限に狭める――あるいは、正当化そのものを駆逐する――ことを追求していた。
 まだ人間として生きていたときの理子が拷問投票制度をどのように捉えていたのか、詳しくは知らない。
 ただ佐藤はなんとなく、理子は賛成しない――というより、できない――状況だったのではないか、と思う。人型ロボットになってから精緻化した思想は、人間だったころから理子が言いたかったことではないか。人型ロボットになった理子には投票権がなかったが、きっと賛成票には手が伸びない。
 理子は、最後まで、戦ったのだ。
 だから、死ぬしかなかったのだろう。