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◯拷問投票223【第三章 〜正義と正義〜】

「信じるしかない、というのが実情だ」
 こっちだって信じきってるわけじゃない、というニュアンスを言葉の節々に込みながら説明した。
「お前にも……そして、高橋実さんにも説明したとおりです。川島さんとは、今回の拷問投票における拷問の発動と、その後の拷問投票制度の廃止へと向けた動きについて、合意しました。一見、矛盾しているようにも見えるけれど、結局のところ、今回、拷問が発動されれば、イギリスが求めている拷問投票制度の廃止という成果が見込めるわけです。イギリスが拷問投票制度に反対している背後にどういう政治的な現実があるのかは知らないし、それは専門領域じゃないから、わたしには説明できません。どうあれ、このまま制度を廃止できるという点をイギリスが噛み砕いてくれるならば、被告人を奪わずに日本で拷問させることが最善だとわかるはずです。そうなれば、きっと、そう遠くないうちに制度はイギリスの望み通りに廃止され、アメリカも制度の廃止を黙認してイギリスとの関係を続け、日本としても制度が廃止されることで各国との関係が改善して国際市場へと出ていく。どの国にとっても望ましい方向へ、動いていく。川島さんが見据えているのは、そういう未来なんだと思います」
 詳しくは知らないけれど、という逃げの気持ちを語尾に込めた。谷川は、ふーん、と考え込んでから、パッ、と口を開いた。
「つまり、その論理というか予測を信じてもらえれば、イギリスは納得して脅しを辞め、アメリカは坂越被告人の引き渡し要求を撤回して、日本としては期日通りに拷問投票を実施する、と」
 今後の流れを確認するように言った。まるで時系列順に整理した表がそこに浮かんでいるかのように、谷川は空中を見つめている。
 うまくいきすぎたストーリーにも思えてくるが、どのみち、あとは川島に頼んでおくしかない。
 長瀬は、まだ考え中だろう谷川は無視して、高橋実へと目を向けた。視線が向くのを待っていたかのように、高橋実は、途端に口を開いた。
「制度の廃止については、お伝えしたとおり、わたしも反対するつもりはありませんし、その気持ちは変わっていませんが」
 視線が逸れない。この空間に一文字ずつ置いていくかのように、慎重に重々しく、言葉を発する。
「アメリカがどうにか折れたとして、投票が実施されたとして、結局、いちばんの悩みどころは本当に発動されるのか、ということです」
「ええ」
 長瀬は、うなずいた。はじめて高橋実と握手を交わしたときに心に誓ったことは忘れていない。しかるべき報いを。
 その報いのためには、拷問投票で十票のうち六票が拷問に賛成しないといけない。十票のうち九票は、裁判官たちと裁判員たちだ。彼らがどっちに投票するか、結果が明らかになるまでわからない。