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○拷問投票2【第一章 〜毒蛇の契約〜】

 講義といっても専門科目と教養科目があり、今回の講義は教養科目として位置づけられている。大学からは、教養科目については、専門ではない学生にも適した内容になるようにと釘をさされていた。
 しかし、それがすべてではない。長瀬としても、刑事法分野の研究者として、刑事法の魅力について伝えたいという思いは当然にある。加えて、現代の法治国家においては法律で規定された制度がいかに日々の生活とつながっているかについて、法律を専攻としない学生にも教養として理解してほしいという思いもあった。
 単位を欲しているだけの学生が大半であるとしても、やはり、多くの学生に受講してもらいたかった。
 そのような個人的な思いと大学からの要求とがあいまって、とくに教養科目を担当するときは、自らの興味の対象である専門的な話題を掘り下げるのは我慢しつつ、学生ファーストの講義を目指していた。
 今回のガイダンスでは、ぜひとも多くの学生に受講してもらえるように、受講するのも、勉強するのも、単位を取るのも、それほど困難ではない、というイメージを与えておく必要がある。
 試験についての詳細や、成績評価の内容、講義全体の構成など、ときどきジョークを交えつつ説明していく。
 学習を進めるうえではコンパクトな六法が手元にあると便利だが、あえて購入を求めることはしない。講義内容はすべて講義資料で補うつもりなので、テキストの購入を迫ることもしなかった。
 ガイダンスが半ばまで進んだところで、ようやく、講義の対象となる法律について簡単に説明することにした。長瀬は、いまいちどマイクを握り直した。
「今回の講義タイトルは『刑罰投票法』ですが、これはもちろん、『積極的刑罰措置の実施にあたっての国民による投票等に関する法律』のことです。俗に言う『拷問投票法』。そのタイトルでは国からお𠮟りを受けることがあるので、全国の大学では、基本的に、『刑罰投票法』という名称で講義されています」
 この拷問投票法は、令和一八年に公布され、令和二〇年から施行されている。公法のひとつであり、裁判員法に対する特別法として位置づけられている。
 現在の長瀬が研究の対象にしている法律であるが、それ以上に、長瀬としては個人的なつながりのある法律でもあった。
「自己紹介のところでも述べましたが、わたしは、司法制度安定化審議会の一員として、この法律をつくるのに参加していました。ですから、立法経緯から、その審議の過程、その成立、成立後の運用にいたるまで、いろいろと関わりがあり、内部事情までこっそりと把握しています。講義の中では、そういう小話も挟めるのではないかと思っていますので、どうぞ、お楽しみに」
 これで学生たちの心をつかめたのではないか、と微かな手応えを感じていた。