◯拷問投票71【第二章 〜重罪と極刑〜】
法廷においては大型ディスプレイで流すことは裁判長の判断で控えることになり、傍聴席からは映像を確認できなくなった。裁判官や裁判員の手元にひとつずつ用意されている小型モニターにおいてのみ、その映像が流されることになった。
検察官の女性は、「いまから被害女性の乳房の切断が始まりますが、あまりにショッキングなため、モザイクをつけたままで流します。具体的な流れについては、わたしのほうから説明させていただきます」と告げた。しかし、モザイクとは言っても、被告人と被害女性の動きは生々しく見えた。
深夜の零時四十分ごろ、被告人はサバイバルナイフを持ってくると、見せつけるように掲げている。被害女性は固まったように動かなくなった。このサバイバルナイフは見るからに攻撃力が優れている。
仰向けになったままの被害女性の腹部に尻を乗せると、被告人は、このサバイバルナイフを右の乳房の下端へと押し付けた。
赤い液体が飛び散る。
被害女性はぐねぐねと動き、暴れる。
被告人はかなりの巨体であるため、被害女性が暴れたところで大きな問題はない。やがて被害女性の胸部からぼとりと肉塊が落ち、床に赤く広がる。身悶える被害女性を前に、被告人は容赦なく、もう一方の乳房にとりかかった。
検察官が事の流れを説明しているうちに、傍聴席のほうから嗚咽が聞こえてきた。誰かは知らないが、無理もないだろう。佐藤は公平な裁判員としての任務を全うしなければと自分に言い聞かせたが、その嗚咽が意識の中に入り込んでくる。
嗚咽は徐々に大きくなり、抑えきれなくなり、激しい慟哭へと変わる。ついに法廷に響き渡る。さすがに無視できるレベルではなかった。
佐藤は、顔を上げた。傍聴席で泣き崩れているのは、高橋実だった。第一の事件の被害者である高橋美紀の父親である。両手で目を押さえ、項垂れている。両手の隙間から涙と声が零れている。
佐藤は、胸が苦しくなった。やっていられない、と思った。佐藤以上に何倍も、高橋実は胸を苦しめていることだろう。
最愛の娘がこのような死に方をするなど、受け入れられるはずもない。
検察官の若い女性は、映像を停止させた。手元の資料を読み上げるのも中止し、佇んだまま、裁判長のほうを見上げている。どうすればいいですか、これ、まだ継続したほうがいいですか、という顔である。
高橋実の苦しみの声が法廷を包み込んでいた。法廷のほぼすべての視線が、高橋実に集まっている。いまや、証拠調べの内容に耳を傾けている人はいない。
田中裁判長は、検察官のほうへ了解とでもいうように左手を上げてから、マイクに口を近づけた。
「いったん、休廷にします。具体的な時間のほうを……」
田中裁判長は、弁護人と検察官から了解を得て、審理を再開する時間を決めた。高橋実には触れなかった。
被告人は、その間もずっと弁護側の席に座っている。俯いており、ほとんど顔を上げることはない。なんで、こんなやつのために、わざわざ長い時間をかけて公平に審理しなければいけないんだよ、と佐藤は思った。そう思った自分に気が付いて、慌てて、その気持ちを振り払った。