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○拷問投票7【第一章 〜毒蛇の契約〜】

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 佐藤龍が生まれたのは、歴史的にも変化の激しい時代だった。そこに生きる人々の生活は次々と翻弄され、社会全体さえもゆらゆらと揺れていた。
 子供のとき、AIによって近い将来、多くの仕事は奪われるだろう、というテレビ番組をよく見た。実際、そうなった。保険の審査にも、公的な手続きにも、診療にも、カウンセリングにも、法律業務にも、AIの手が伸びている。もちろん、そのぶん儲けている企業があるというわけだ。
 依然としてアメリカが世界の経済大国であることに変わりはなかったが、唯一の経済大国ではなくなった。かつての先進国に猛スピードで追いつこうとしているのは、アジアや南アメリカ諸国だ。
 とくに中国とインドの経済規模はすでにアメリカを超えている。広大なインド市場で巨大化したAI企業、『マンモス』は世界有数のアメリカ企業をいくつも買収し、AIの分野でほとんど独占的な技術を保有している。『マンモス』が巨額の研究投資によって進めているのが、安価な人型ロボットの開発プロジェクトだ。
 人間と同じように高度な学習をすることが可能で、ほとんどすべての人間の職業を奪うことができると思われている。しかも、それを人間を雇うよりも安価に購入し、維持することができれば、もはや人間はいらない。
 現在のところ、そこまでは進んでいないが、日常生活には溶け込んでいる。
 街を歩けば、人型ロボットと出会わずにはいられない。カフェやレストランでは、当たり前のように働いている。公園の掃除をしている人型ロボットも見慣れた光景だ。
 より研究が進めば、有能な弁護士ロボットも登場するだろう。細かい作業にも特化できるようになれば、職人はいらなくなる。人間の創造性に関する研究の進展によって、そのメカニズムを把握している現代では、かつては人工知能には奪えないと思われていた創造的な領域にも手を出すだろう。
 それどころか、『マンモス』はいま、軍事分野においても、世界で最大規模の企業になりつつある。人型ロボットを軍事的に利用する計画は世界中で進んでいる。『マンモス』はそのフィールドでも存在感があった。
 かつては少子高齢化によって人手不足になると懸念されていた日本では、それと真逆のことが起こっている。働けない労働者のほうが多い。
 経済活動から人間の労働が排除されていくと、莫大な金は資本家の手元に残る。これを危惧した国際社会は、世界規模の所得再分配政策の枠組みをつくり、税金として資本家から金を奪い、働けなくなった労働者に回している。必ずしも十分に生存権を確保できているわけではないが、依然として豊かな日本では働かなくても生活できる。
 だから、というわけではない。
 そんなことを言ったら、逃げみたいで嫌だ。
 ともあれ、佐藤龍は、大学を卒業すると同時に、フリーターになった。積極的にフリーターを選んだわけではない。ただ、面倒くさい就職活動をすることに対して、それほどのメリットを感じなかった。
 現在は、フリーターになって五年目、オフィスビルの清掃バイトをしている。そのうち人型ロボットの同僚ができるのかと思うと、思わず笑ってしまう毎日だった。