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◯拷問投票131【第二章 〜重罪と極刑〜】

 第二の事件については、被害女性の同意の有無について詳細に検討するために、監視カメラの記録映像をくりかえし確認した。裸体となった被害女性の身体部にはモザイクがかけられいるが、顔にはモザイクがかかっていない。レイプされたあとの被害女性は眉間に皺を寄せ、涙ながらに、「殺して」と叫んでいる。
 冷静に話し合いを続けてきた中において、さすがに裁判員たちも感情が露出してくるようになる。
「これだけ感情的になっているときの発言に、被害者の方の本音が反映されているとはとても思えませんが」
 強めの口調で八番が言うと、「ですね」と九番も同意した。
「真摯な要求とはとても思えません。言葉としては、『殺して』ってことですが、被害者の気持ちを汲み取るなら、これ以上、傷つきたくない、助けてほしい、っていう意味なんじゃないか、と。そう思っちゃいますね」
「俺も……というか、僕も、そう思いますが、被害者の同意の有効性については、専門的には、どうなんでしょうか?」
 佐藤は、ちょうど隣に座っている坂口裁判官に問うた。すると、沈黙が生じた。なにか間違ったことを言ったのかもしれない。ぽちゃっとした頬を持ち上げ、にこっとしてから、坂口裁判官は口を開いた。
「有効な同意かどうかという話になりますと、社会的相当性、つまり、同意の有無のみならず、その動機や背景、行為態様など諸般の事情を考慮したうえで判断すべきということになるでしょうが、今回の場合は、有効かどうかというよりは、そもそも同意があったと言えるかどうか、っていう前提の部分で、問題が起こっている、という……」
「だから、有効性にまで踏み込まなくても、ということですね」
 田中裁判長が、説明を引き継いだ。
「被害者を追い詰めた挙句、自殺を要求して、ほとんど抵抗できなくなった被害者を自殺させたという場合、この被害者が心神耗弱のような意思制圧状態に置かれていたのだとしたら、もはや殺人罪であるというような話になります。自殺したいという意思が強制されているが故に効力を持たない、ということですね。これに対して、今回の事例は、証拠映像の中に被告人の犯行がはっきりと残っていて、首を絞め、失神させてからナイフで心臓を刺しているところも映っていて、客観的に殺人であることに間違いはありませんね。この殺人について、被害者が同意をしていたのかどうか、というところです」
「同意の有無そのものについて、どうか、っていうことですか。ごめんなさい。ちょっと焦点を見失ってました」
 佐藤は、うんうんとうなずきながらも、前のめりになっていた姿勢を元に戻した。背もたれに背をつけ、斜め上方を見つめ、検察側の主張を思い出す。
 検察側は、被害者が意思の制圧された環境下に置かれていたという事実から、口に出した言葉が本心とは認められない、と主張している。それはつまり、被害者には殺してほしいという本心が存在しなかったことを意味する。
 被害者の意思が制圧された環境下に置かれていたから、その場での同意は有効性を持たない、という主張ではない。その場では、同意そのものが存在していなかったという話である。