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◯拷問投票66【第二章 〜重罪と極刑〜】

 さまざまなSNSを駆使している中、活動の拠点としてのホームページを開設する計画も進んでいる。こちらについても、ビジネスマンとしての経験が長い高橋実に任せているところだ。
「ホームページのほうはどうですか?」
「トラブルは生じてません。数日のうちに開設できる予定ですし、計画通り、いろいろな活動費としての寄付もそこで呼びかけるつもりです」
 まさに順調な進捗状況だ。ホームページでは活動資金の寄付を呼びかけ、全国規模の広報活動を展開する経済的基礎を築く必要がある。政治活動と同じように、人を動かすには莫大な資金が不可欠だった。
「続いて、反対勢力についてだが、谷川?」
「あ、はいはい、僕ね」
 谷川は、呑気な調子だ。大学時代に出会ったときからずっと、緊迫感のある場面でも同調しない性格だったが、わざとやっているのかどうか、いまだにわからない。谷川は、おちょくるような動作で、右手の人差し指を立てた。
「ひとつ。僕の調査――もちろん、優秀な仲間たちにも協力してもらったけれど――によると、平和刑法の会を中心とした反対勢力は、可視的には五百万を超えていること」
「五百万!」
 ほとんど感情の起伏を見せることのなかった高橋実が、そこで声を上げた。たしかに驚くべき数字だが、ありえなくはない。直近の拷問投票では四回連続で拷問への反対票が多数派になっていることを考えれば、いくら棄権率が高いとは言っても、それくらいの規模の反対勢力があってもおかしくはなかった。
 急に声を上げたことを恥じるように、高橋実は、「ああ、ごめんなさい」と頭を下げ、手元に目を落とした。しかし、谷川は容赦がない。人差し指に次いで中指も立てて、右手をピースにした。
「ふたつ。これは可視的なものと考えなければならないこと。可視的というのは、全国に散らばった弁護士による活動に参加したり、拷問投票廃止の署名活動に協力したりした国民をベースにして計算しただけのものということです。もっと巨大な、固い反対勢力があると考えなければ、敵を見誤ることになります」
 厳しい現実である。高橋実は少なからずショックを受けているようだが、それは長瀬も同じだった。
 もとより簡単な戦いだとは思っていない。すでにネット上では、高橋実を誹謗中傷する言葉たちが湧き上がるように出てきている。うすうす承知のうえではあったが、しかし、なにか現実に対する認識の揺らぎのようなものもある。はっきり言って、それらは一部の過激派だと思いたいところだった。谷川の調査を参考にすれば、その一部というのは想像以上に大きな集団なのかもしれない。
「それで、これはあくまで僕の主観的な評価に過ぎないんだが」
 谷川は、左右から落ちてきていた長い前髪をそれぞれの手で触り、いまいちど左右に分けて流した。五十代にしては不似合いなほどに白い額が拡大する。いつもどおり、視線はあちこちに動いていた。
「これらの組織は平和刑法の会を中心としながらも、ほとんど対等関係によって連結しているような状態です。ちなみに、日本弁護士連合会は立場を明らかにしておらず、これは被害者や被害者遺族の人権擁護に傾いている時代風潮に合わせたものと見られます。拷問投票制度に反対する勢力は、官僚機関のように縦割りになっているわけではなく、ある意味、条約によって結びついている国家間のようなものです。ですから、指揮系統が統一されていることはなく、全体の動きを統括するようなリーダーはいません。国家による拷問は社会にとって害悪だ、いますぐ廃止すべきだ、というイデオロギーだけによる協力関係と言えばいいでしょう」
「同意する」
 長瀬は、手短に賛意を示した。反対勢力は組織化されていないので、結束力が高いわけではない。