見出し画像

◯拷問投票95【第二章 〜重罪と極刑〜】

 この会話の中で、徐々にひとりひとりの個性が見えてきた。
 田中裁判長は、とにかく切り替えが早い。単に法廷とそれ以外の場所で切り替えるだけではない。場所や時間にかかわらず、必要に応じてその場でオンオフのスイッチが入る。雑談をしている最中に裁判員から裁判に関する質問があれば、その質問に答えるときにはすでに切り替わっている。
 ビジネスマンとしても成功しそうだ。雑談の内容が庶民的なのも、わざと気を遣っているのだろう。手抜かりのない印象である。
 左陪席の神田裁判官は、まだ三十代だろう女性だ。イメージとしては勉強一筋といった感じだったが、意外に本格ミステリのマニアらしい。  いちばん好きな作品は令和の傑作、『ジェノサイド事件』だという。これは佐藤も読んだことがある。軍の幹部の男性がテント内の密室から忽然と消失した事件について、軍内部の調査官である主人公がその真相を解き明かそうとする物語だ。真相があまりに衝撃的で、印象的だった。一部では、この作品が令和での真本格ミステリ旋風の嚆矢となったとも言われている。
昔の本格ミステリも読み漁っているという神田裁判官によると、昔の本格ミステリは殺人事件を扱うのが王道だったそうだ。
 それは現代の若者としては感覚的に理解しかねるところだ。現代の本格ミステリでは、失踪事件が王道になっている。たいていの場合、ラストで失踪した人が見つかり、ハッピーエンドとなる。
 殺人となると、さすがに重すぎて、娯楽として楽しめない。これもまあ時代の移り変わりということなのだろう。
 裁判官のもうひとりである右陪席の坂口裁判官は、もう五十代だろう女性で、頬がぽちゃっとしている。神田裁判官よりも庶民っぽく、案の定、お笑い好きらしい。
 令和になってからコンプライアンスの観点が騒がれるようになったことを、坂口裁判官は、それなりに悲観しているようだ。平成の漫才は面白かったんだけどね、と何度も残念そうに言葉を落としていた。
 佐藤は平成の漫才を知らないので、少し興味が湧いた。
 あとになってネットで検索すると、当時の漫才動画がいくつか見つかった。ツッコミの人がボケの人の頭を音が鳴るほど強く引っぱたくものや、冗談に過ぎないという正当化のもとに罵詈雑言やセクシャルハラスメントに該当する言葉を叫び散らすものもあった。現代でやってしまうと、子供の人格形成に影響を与えるものとしてテレビでは規制されるに違いない。その世代の人たちには、純粋に面白いのだろうか。少なくとも、坂口裁判官は面白がっているようだ。