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◯拷問投票134【第二章 〜重罪と極刑〜】

 そのほか、重要なところには余すところなく、議論の手を伸ばした。
 弁護側が提出してきた被害女性の個人的な日記については、その中に対人関係に悩んでいる様子や希死念慮を思わせる言葉も含まれている。しかし、被害女性が『殺して』と口にした前段階において被告人によるレイプ行為というショッキングな出来事があったことを考えると、そのレイプ行為によって因果関係は断絶されている。日常的な苦しみと本件における『殺して』は直結するものではなく、被害女性の殺害への同意を推認する証拠としては証明力が弱すぎる、という結論にまとまった。
 やはり『殺して』という発言の直接的な原因として検討すべきなのは、時間的に密接しているレイプ行為だろう。
 この発言は、被告人によるレイプ行為によって膣内に射精されてから一分と経たずに放たれている。殺害への認容に至るには時間が短すぎる、と指摘できた。被害女性の日記に頻繁に『死にたい』という言葉が登場することも考えると、もともと過激な言葉を使って内実を覆い隠したり装飾したりする性向があり、真意の伴わない言葉を選んでも不自然ではないと言える。
 連日の評議で合議体の心証が固まってきたころ、「いままでの議論を振り返りますと、我々の見解としては、被告人に不利なほうへ収束していくということですね」と、田中裁判長はまとめた。
 そのあとも何度も議論の内容を確認したが、結局のところ、被害者の同意はなかったという検察側の主張が受け入れられた。
 そこにもはや合理的な疑いを入れる余地がなくなると、さっそく次の段階へと進むことになった。
 次に始まったのは、被害者の存在しない同意を存在するものとして被告人が錯誤していたのではないかという話である。
 弁護側は、被害女性の『殺して』との発言を殺害への同意だと捉え、苦しみに沈んでいる被害女性に同情し、殺害に至ったと説明している。つまり、被害女性に同意があろうとなかろうと、被告人は同意が存在するものと認識していたというのである。
 これに対しては、事件の流れを見る限り、経験法則上、ありえない、という意見が相次いだ。
 レイプされて傷ついた被害者が悲観的になるのは、常識的に把握できることである。『殺して』と言われても、その真意が『苦しい』、『助けてほしい』であることは当然であり、殺害の同意だと真摯に受け止めるなど、ありえない。
 しかも、レイプ行為によって傷を負った被害者に被告人が同情したとするなら、もっと前から同情しているはずである。被告人には、そのような同情心など、存在しない。したがって、かりに、レイプによる苦しみ、その苦しみが引き起こした殺害への同意、という関係を論理的に把握できたにせよ、同情心の存在しない被告人の心には、そのような論理が説得的に響くはずはない。
 この整合性の無さは特筆に値する。
 殺害への同意を認識したとしても殺害へのきっかけにならないのだから、殺害に及んだ被告人の行動を被害者の同意と結びつけることはできない。
 無理に結びつけようとしても、せいぜい、都合よく『殺して』と発言してくれたので同意殺人にできるだろうという悪知恵を働かせた、と見るしかないだろう。その場合は、被告人は被害者の表面的な言動を利用したのであり、被害者の真意については注意を払っていなかったと言える。
 これらの点からして、同意殺人として刑を緩和するために被告人が嘘を吐いている可能性が高い。