見出し画像

◯拷問投票252【第四章 〜反対と賛成〜

 車道を横切ることはなく、彼らはそこで足を止めてしまっている。どうやら、車道の真ん中に居座ろうとしているようだ。後ろを見れば、どんどん後続車がやってきていて、後戻りすることはできない。
 人型ロボットと後続車に挟まれた状況である。
「これは、かなり、まずいです」
 眉間にくっきりと皺を寄せて、運転席の長瀬は、腕時計に目を落とした。佐藤も釣られてその高そうな腕時計を覗き込み、すでに午前七時五十分過ぎであることを知った。午前八時まで、もう十分も残されていない。
 このままだと間に合わないぞ、と焦るべきところだろう。
 佐藤は、正直、心の底から焦ることはなかった。拷問投票に参加しないためのいい口実になる、とさえ思った。死刑判決を出しただけで十分だ。これ以上、重たい選択に参加しなくても、べつに責められることはないだろう。
 心の声を表に出さないように気を付けながら、「これはまずいですね」と溜息を吐くように言ってみる。
 完全に嘘というわけではないが、いざ口にしてみると、堂々と噓を吐いているような気がしてきた。誰にともなく申し訳なくなってきた。せめてもの責任として、最後まで嘘を守りつづけなければならない。
 佐藤は、もはや裁判所に時間どおりに到着することはないだろうという安心感に浸りながら、この状況に適切なセリフを探した。自分とは違う人を演じている俳優がアドリブをするのと同じようなものかもしれない。
「このままじゃ、投票できない……。うーん」
 いかにも不本意そうな感じを出してみたが、あまりに強く不本意そうな感じを出してしまうと、すでに諦めていることを強調してしまうことになる。投票ができなくて残念だというより、なにも打開策はないのだろうかという悩ましさを出す必要があった。佐藤は、わざと右手を顎に持っていった。
「なにか、いい方法は……」
 そんなの、あるわけがない、と心の中で吐き捨てた。ここからタクシーを降りて走ったとしても、間に合う距離ではない。緊急用のボタンを押せば手動での運転に切り替えることができるが、向かう先がない。人型ロボットに行く手を塞がれたからには前へ進むことはできないし、一時的に渋滞になってしまった車道が元通りになるには時間がかかるだろうから、後ろが空くのを待ったとしても間に合わない。反対車線との間には中央分離帯があり、Uターンもできない。
 ここでタクシーを降りて人型ロボットの群れを抜け、むこう側ですぐさまべつのタクシーを捕まえれば、間に合うかもしれない。だが、都内のタクシーは現在、供給不足だ。その策も現実的ではない。
 なにも方法がないことをひとつずつ確認していきながら、「なにか、妙案があればいいのですが」とやけに饒舌に口を動かしていた。
「ひとつ、あるとすれば」
 ずっと黙っていた長瀬が、そこで、ようやく口を開いた。
「あれ、です」
 長瀬の視線の先では、人型ロボット――だと思われるものたち――が拷問への反対を叫びつづけている。長瀬の言う『あれ』というのが、そこにいる障害物そのものを指していることは、間違いなかった。