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◯拷問投票215【第三章 〜正義と正義〜】

 細かい事情はわからない。ともかく、添付されている音声データをタップした。イヤホンをしないまま、音量を上げる。夜の静寂を埋めていったのは、誰なのか、男ふたりの会話だった。
『そんなに恐れることではありませんよ。辞退するのは難しくない。家族が病気になって看護しなければいけなくなった、とか言えばいいんです』
『しかし……』
『辞退が確認されたらすぐに、五百万を振り込みます。絶対にバレません』
『これは法律違反なのでは、というのが気になるのですが』
『ですが、バレなければ裁かれませんよ。そんな優等生みたいなことを、わざわざ、ふたりきりの場で持ち出さなくてもいいでしょう。なにも、拷問投票で反対票を投じろ、などと言ってるわけじゃないんです』
 会話の様子からすると、おそらく電話を盗聴したものだろう。一方の声は佐藤の記憶に残っている元裁判員、二番の声と似ている。もう一方の力強く高圧的な声は、テレビでよく見かける銀髪でオールバックの平和刑法の会の代表のものと酷似していた。たしか、川島とかいう名前だった。
「なに、それ?」
 隣で寝っ転がっていた理子が、頭を起こした。佐藤の手にあるスマホを、興味津々に覗いてくる。
「平和刑法の会の、スキャンダルっぽいよ」
 それだけ応じてから、ふたり一緒に、音声データに耳を傾けた。
『でも、なんでですか? わたしが辞退することで、なにか、いいこと、メリットでもあるんですか?』
『あるけど、話すほどのことじゃない』
『教えてくださいよ。わかんないままだと、なにか、闇バイトみたいで怖いです』
『闇バイト? たしかに』
 ふふふ、と川島の声は笑った。
『じゃあ、手短に説明させていただきますよ。我々の活動についてはご存じだろうと思いますけれど、簡単に言えば、拷問を廃止するために動いています。今回の事件は、まあ、ひどいものです。被害者の女性の乳房を切断するなんてところは、拷問投票制度を生み出すきっかけにもなった連続幼女粉々殺人事件の残虐さとも共通するようなところがある。しかも、被害者の父親――高橋さん――がかなり活動的な方で、テレビへの露出も辞さず、国民を味方につけています。正直、きつい。我々としては、今回の事件では拷問が発動されてしまう可能性もけっして低くはない、と警戒しています。国民の関心を逸らすためには、裁判が少しでも延期されたほうがいい。無駄な足掻きかもしれませんが、裁判を遅れさせることで、国民の関心も下げられるのではないか、と。それが目的、メリットです。こんな説明で納得していただけましたか?』
『はあ、そうですか……』
 あまり納得していないような声だ。
『でも、そこまでして、拷問を回避する目的がわからないんですが。そんなにひどい犯人なら、拷問されたって仕方がないような』
『おっしゃる通り』
 ふふふ、とまた笑った。