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◯拷問投票189【第三章 〜正義と正義〜】


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 宣伝カーから見えるのは、無関心だった。
 蒸発しそうな都会に眉根を寄せながらも、各々のスピードでそれぞれの方向へ歩いている人々。ひとりずつ丁寧に見ていくと、人間って、自分のことにしか関心がないのだな、という当然の事実と対面してしまう。
 驚くべきことではない。
 嫌そうに目を逸らしていく人たちにいちいち驚くとすれば、周りの人を自分に都合よく美化してしまった神経質な者とみなされるだろう。長瀬は、自分のことを現実主義者だと思っているし、そう思われたかった。
『みなさま。お忙しいところ、失礼いたします。少しだけ、耳を傾けていただけますと幸いでございます』
 長瀬の目の前にいる助手席のウグイス嬢―—まだ二十代のフリーターで、ボランティアとして働きたいと自ら名乗ってきた――は、長瀬たちがあらかじめ用意していた文章をそのまま読んでいた。
 車内には、ウグイス嬢がほかに二人いる。適度に交代していく体制である。
 アニメ声優のような幼い声は、拷問に賛成してくださいという怖いメッセージを、いくぶんか和らげている。
『これは平和を守る戦いでございます。どうか、難しく考えないでください。今回の犯人を許せるのか、許せないのか。わたしたちは、心の中では、本当は誰もが、すでにわかっていることでございます』
 ときどき、ちらと振り向く人がいるだけだ。大きな交差点に差しかかっても、赤信号で待つ人々は大きな反応を見せない。
 そもそも、気象庁が警戒を呼びかけるほどの猛烈な暑さのために、外を出歩いている人自体それほど多くなかった。
『一部には、国民による投票という方法は好ましくない、感情的な執行が避けられない、という考え方もあります。しかしながら、わたしたちが感情的に投票することを求められているわけではありません。わたしたちは、自分たちの理性に従い、慎重に投票することを求められています。みなさまの心の中にある本当のところを、慎重に探り、自分自身と対話をしたうえで、自信を持って投票をすればよいのでございます。棄権するということは、わたしたちに与えられた平和のための権利を放棄することに等しいでのございます。どうか、みなさま。どうか、どうか、自分たちの権利を無駄にしないでください』
 宣伝カーで訴えるための文案の作成にあたっては、拷問に賛成するほかの団体とも調整してきた。