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◯拷問投票129【第二章 〜重罪と極刑〜】

「だって、街中で歩いている人型のものの九割以上は、本物の人間です。しかも、人型ロボットの多くは工場や飲食店で働いていますから、夜道を歩いている人型ロボットなんて、かなり珍しいです。ハンマーで後頭部を殴ったというのは、たしかに不合理ですけど、最初の犯行だったことを考えると、そこまで頭が回っていなかっただけではないか、とも考えられませんか?」
「わたしも、同じです」 
 続いて高い声を上げたのは、もともと補充裁判員だった八番だ。小柄で小太りの中年女性である。
「いま、こうやって冷静になると、不合理な気がしましても、いざ犯行に及ぼうっていう精神状態のときには、それほど冷静にはなれないと思います。被告人としては、ハンマーで殴って気絶させ、そして、連行する、みたいなイメージを抱いていたのかもしれません。どうです、その点は?」
 八番は、佐藤に目を向けた。少しずつ話し合いの空気が醸成されている。佐藤は、しばし考えてから、発言する。
「犯行時が冷静じゃない、最初の犯行だった、ってのは、たしかにですけど、小型ハンマーを凶器として選んだのは家を出るときですから、その時点では冷静に考えることができたはずです。このときに包丁とかナイフとか、アイスピックとか、いろいろ選べたのに、わざわざ小型ハンマーを選んでいるということは、やはり、壊してやろう、っていう発想じゃないですかね」
「どうなんだろう。俺なんかは、ハンマーで強く殴れば、気絶してくれるだろう、って思っちゃうけど」
 金髪の九番が、発言した。
「そんな都合よく気絶しないってのは、たしかだし、専門家の先生もそう説明されていたけれども、一般人のイメージとしては、殴って気絶、だよね。ドラマとかでも、金属バットで殴って気絶させるシーンとか、あるから」
「うーん。僕は、そんなイメージないんですけど、どうなんでしょう」
 佐藤は、みんなの指摘も踏まえ、いろいろ考えた。じっくり考えても、やはり、第一の事件で小型ハンマーが凶器として選ばれていることには重要な含意があるように思えてならなかった。
 確実に人間だと思っていたのか、人間かもしれないと思ったに過ぎなかったのか。
 そのポイントについては、佐藤と四番と、それ以外のメンバーたちとの間で、意見が対立した。
 ともあれ、合議体のメンバーの中には、弁護側の主張通りに、はっきりと人型ロボットだと錯誤していたとする意見はない。この時点で、すでに、弁護側の主張は受け入れられていないことになる。
 したがって、事実の錯誤によって被告人の犯罪行為が器物損壊罪にしかならないという不条理な判断が導かれる可能性は、これでゼロになった。