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◯拷問投票255【第四章 〜反対と賛成〜】

 

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 急激に加速した車体は、叫びつづけていた人型ロボットの群れにぶつかり、数体が跳ねあがった。一体はフロントガラスにぶつかり、ひろがっていく水紋の一瞬を捉えたような跡を残して、後方へと消えていった。
 直径三十センチほどの傷ができたフロントガラスを見つめながら、佐藤は、糸の切れた人形のように動けないままでいた。心に浮かぶものをまだ明確に言語化できない。もしかしたら、これは、罪悪感、かもしれない。
 晴天のもと、人型ロボットたちを轢いてしまった。
 中には誰かにとって大切なロボットもいたかもしれない。もっと悪ければ、生身の人間も紛れていたかもしれない。
 アクセルを踏み込んだのは長瀬だが、助手席に座っている佐藤には、この事態を他人事として捉えることはできなかった。
 すぐには処理できない佐藤を置いてけぼりにするように、長瀬の手動運転により、タクシーは猛スピードで都会を駆けていく。
 不気味なほど、すいすいと進んでいる。
 人型ロボットの群れに堰き止められている影響で、こっちの車道にはほとんど車がいなかった。
 ハンドルを力強く握っている長瀬からは、強烈な威圧感が出ていた。声をかけることはできない。なにをしたか、わかっているのか、くらいの文句は言ってみたかった。お互いに無言であるが故に、佐藤の心は自罰的な方向へと進んでいく。
 もしかして、とんでもない罪を犯してしまったのではないか。法律的にどうこうという問題ではなく、もっと人間としての本質的な部分を傷つけるような、自分に対して優しくない行いだったのではないか。
 なにがなんでも長瀬を止めるべきだったのではないか。
 佐藤の頭には、車道上に血を流して倒れこんでいる何者かの姿がぼんやりと浮かび上がってきた。けっして鮮明なイメージではなく、具体的な妄想でもなかったが、佐藤をたちまち追い詰めた。
 奇しくも、いまさっきの状況は連続レイプ殺人事件の第一の事件と似ているような気もする。
 人型のものを見つけ、それは人型ロボットであると認識し、だったら襲っても大丈夫だろうという判断のもと、実際に襲いかかった。やはり似ている。
 合議体の最終的な結論としては、『被告人は最初から被害者を人間だと認識していた』と認定したが、それは多数決によって導いたカッコつきの事実に過ぎない。裁判なんかしたって、本当の事実はわからない。
 佐藤はいまだに、最初の段階では本当に人型ロボットだと被告人は思い込んでいたのではないかという疑いを持っている。