◯拷問投票123【第二章 〜重罪と極刑〜】
国民を味方につけようと思うとき、国民に強い影響を与えている学者たちも味方にしなければならない。学者たちを振り向かせるためには、感情に訴えても意味がなく、説得力のある論文が必要だった。
中西教授は、論文の内容について要約した。
「確実な結論が出せたという類の論文ではありませんが、拷問投票制度の運用によって種々の犯罪が抑制されている事実を肯定できました。面白いところは、殺人の件数は減っていないのに、犯罪の全体には影響を及ぼしていることです。これはまあ、コンビニが二十四時間営業をすると、夜だけじゃなく、昼間の客足も伸びる、というような効果でしょう。拷問が導入されたということで、国民の刑法に対する意識が高まり、拷問の対象とならない犯罪をも抑制しているわけです」
「拷問が実施されていないにもかかわらず、ということですね」
「ええ」
「でしたら……」
長瀬は、その場の思いつきで言った。
「拷問が現に実施されたとしたら、さらなる犯罪抑制効果をも期待できる、ということは考えられませんか?」
「仮説としては十分にありうると思います」
「それも書きましょう。論文の最後に、『現に拷問が実施されることにより、さらなる犯罪抑制も期待できる』と」
「わかりました。加えましょう」
中西教授は、うやうやくしく頭を下げた。
長瀬は、少しばかり自分が一線を超え始めているのを感じたが、内側から批判的な声が湧いてくることはなかった。
そもそも、学問というのは社会との関係から切り離されて発展するものではない。人間を殺戮するために科学は発展したし、特定のイデオロギーを流行させるために説得力のある思想が生み出された。社会と無関係に発達する学問など、ありえない。
拷問投票制度が、果たして、社会にとってプラスに働いているのか、マイナスに働いているのか。
この難題は、どの側面を取り上げるかによって、結論が変わる。
とある社会学者は、拷問投票制度が実施されてから若者の自殺率が上昇していることを指摘し、「社会の処罰感情が高まるにつれて、生きづらい社会になっていく。人を殺せないために自分を殺す人が増えた」と論じた。
……わからない。
――しかし、あの犯人は、拷問されるべきだ。