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◯拷問投票101【第二章 〜重罪と極刑〜】

 あの日、美紀は帰ってこなかった。
 メールをしたが、既読にならない。電話をかけたが、いっこうに出ない。
 美紀は家出をしたことがない。友達の家に泊まることもあったが、そういうときは必ず知らせてくれた。
 なにか、あったのかもしれない。わたしは心配になり、その夜、最寄りの駅から自宅までの道を捜した。美紀はいなかった。真面目な娘だったが、一夜くらいは羽目を外すこともあるかもしれない。むりに自分を納得させて家に戻った。翌朝になっても、美紀は戻らなかった。
 その日から、わたしは会社を休み、大学やカラオケ、公園、友達の家を回って、美紀を捜した。どこにもいなかった。警察にも協力していただいた。監視カメラの映像から、失踪当日の夜に美紀が最寄りの駅から出て行ったことが判明した。あの日、美紀はいつものように最寄りの駅で降り、わたしたちの待っている家に向かっていた。その道のどこかで、いなくなった。
 わたしは住宅街を歩き回り、美紀を捜した。誰かを見つけるたびに美紀ではないかと思って、顔を覗き込んで、何度も謝った。
 一週間が経ったころ、警察から連絡があった。娘さんのものと思われるご遺体が発見されたので、確認してほしい、と。そんなのは嘘だと思いながら警察署に行き、そこで変わり果てた娘の姿を見ることになった。両方の胸が切断されていた。妻とともに美紀の頬を優しく触り、「もう大丈夫だよ」、「痛くないよ」、「頑張ったね」と泣き崩れながら、その冷たい感触を何度もたしかめた。嘘だと信じたかった。美紀が微笑んでくれることを願った。あのときから、わたしたちの地獄が始まった。
 どうして美紀は死なねばならなかったのか。
 わたしには、わからないし、わかりたくもない。
 美紀はきっと優秀なエンジニアになっていたに違いない。大学生になってからは家にいるときもずっと勉強していたので、「少しは休んでもいいんじゃないか」と言ったことがある。そしたら、美紀は怒った。「わたしは本気だから」と。日々、一生懸命に取り組んでいた美紀のことを、わたしは心の底から応援していた。ひとりの人間として、そのひたむきな姿勢を尊敬もしていた。ロケットをつくり、未知の宇宙へ手を伸ばしたい。本人が言っていたように美紀は本気だった。そんな美紀の夢はあまりにも呆気なく奪われた。奪われてしまった。
 わたしは、今日も美紀のことを思い、生きていたならば交わしていただろう何気ない言葉を頭に浮かべる。それを美紀に伝えることができないということを実感するたびに、悲しさと寂しさが込み上げてくる。
 マスコミが美紀のことをどんなに晒し者にしても、わたしたち家族は、いつまでも美紀の味方でいる。あの世で美紀が安らかに過ごしていることを願っているし、犯人が地獄に落ちることを切望している。