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◯拷問投票244【第四章 〜反対と賛成〜】

 あのロボットだけじゃない。  都内では、いたるところで人型ロボットが労働力として動いている。
 人口減少による労働力不足を補ってくれた彼らが、いまオセロのように一斉に反転し、一気に相手の駒に変わったかのように感じた。すっかり人型ロボットを信頼していたからこそ、強いショックを受けた。
 佐藤は、いまいちどスマホに向き戻り、スマホの画面をスクロールしていく。
 すぐにまた目に留まる投稿があった。『線路を歩いている人たち。これ、全員、ロボットだろうか?』という言葉とともに、五十人以上の人型ロボットが線路を歩いていく様子を踏切の外側からとらえた写真が投稿されている。ストライキのような雰囲気だ。互いに異なる衣服を身に着けている。
 彼らが一様に大きく口を開いていることからすると、駅前で騒ぐ警備用の人型ロボットと同じように拷問投票に反対する言葉を叫んでいるのだろう。
 佐藤は、スマホから目を離して、しばし呆然と佇んだ。もう無意味な足踏みなど、していなかった。
 拷問投票のことばかりでスマホをチェックしていなかったせいで、東京の現状を見誤っていた。いまや、拷問投票などと言っている場合ではない。もっと大きなトラブルが発生している。
 裁判所に遅刻してもべつにいいか、とあっさり諦めようとした。そこでぎりぎり踏みとどまった。
 違う。その考えは、うぬぼれている。佐藤は、自分を批判した。異常と日常は同居している。戦争が起きても社会は動く。たとえ東京が死んでも、日本は死なない。なにが起こったとしても、裁判員としての任務は続いている。
――とはいっても……。佐藤は、批判に対する弁解も用意していた。
 ここでは言い訳をする権利も残されているように感じる。なんせ、遅刻しないように十分に計画して自宅を出たのだ。ハッキングされた人型ロボットが線路に侵入して電車が一時間以上も運行停止になることまで予測することはできない。
 ちょうどいい、とも思った。拷問投票はとてつもなくストレスフルだ。自分の意思ではなく、運の悪さのせいで、偶然に拷問投票ができなくなるなら、それでもいい。ふりかえってみれば、アメリカが被告人をつれていけばいい、と祈っていたときもあった。これで万事休すなのかもしれない。
 なんとなく納得した形で諦めるような気持ちになり、佐藤の焦りはほとんど消え去っていた。
 スマホのホーム画面を見れば、『07:30』と表示されている。タイムリミットだ。佐藤は、一度うなずいて、顔を上げた。