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◯拷問投票275【第四章 〜反対と賛成〜】

 映画のセットのような繁華街を通ったときには、いくつもの人型ロボットの残骸が道端に放置されているのが見えた。バットで殴られたのか、頭部が陥没し、首が百八十度、回転しているものもあった。その周りには、複数の警察官が屈みこんでいた。警察官のひとりはデジカメのレンズをロボットに向けている。器物損壊罪として取り上げるつもりなのだろうか。
 ロボット狩り。
 その爪痕を実際に見てしまうと、フィクションが現実化したような不思議な感覚に襲われる。夢を見ている気もしてくるが、その感覚の増幅には上限があった。夢ではない、という自覚は揺らがない。無残に放置された人型ロボットを見るたびに、佐藤の恐怖は膨れていくばかりだった。
――どうか。無事でいてくれ。
 自宅アパートに到着すると、料金も確認せずにスマホで電子決済した。タクシーを降りてから、佐藤は、アパートを見上げた。三階の左からふたつめの部屋――自宅――には明かりがついている。
 エレベーターは使わずに、階段を駆け上がった。
 みるみるうちに汗が噴き出して、Tシャツはびちょびちょになった。息を切らしながら、自宅ドアの前で立ち止まる。
 ニュース記事ではまだ混乱が続いているとあったが、ここはいつも通りに静かだ。背後には、銀河のように輝く壮大な高層ビルの群れが遠くにいくつも見え、近くにも見下ろしてくるビルがある。その足元にちょこんと、ここは、誰にも監視されない小さな洞穴のようなところ。
 佐藤は、ふっと息を吐いてから、ドアノブを握った。指紋認証によって、ガチャ、とロックが解除されるはずだが、なにも音がしない。いつもとは違う事態に思考が止まってしまったが、すぐに理解した。
 はなからロックは解除されていたのだ。
 内側からなら誰でもロックを解除することができる。外側からドアをロックしたり解除したりするのは、指紋を登録した人にしかできない。かりに指紋を登録していない人が部屋から出ていくと、このようなことになる。
 佐藤は、一瞬のうちに、嫌な想像を膨らませた。
「おい、理子?」
 思わず、大きな声で呼びかけた。
 それに対する反応を待つこともなく、ドアノブをぎゅっと握りしめ、ぐっと引いた。光が飛散する。佐藤は、目を見開いていた。覗き込めば、廊下の先のリビングには明かりがついている。人の気配はしない。呼びかけに応じる声もない。廊下の壁にはいつも通り、折りたたまれた段ボール箱が複数、立てかけられている。鏡のむこうの世界のように、やけに冷たい光景だった。
 さっきよりも焦りを押し殺しながら、「理子?」と、もういちど声を上げてみたが、やはり反応はない。
 なにも言わずに外出するなど、ありえない。
佐藤は、視線を落とした。足元の三和土には、外出するときによく理子が履くスニーカーがなかった。
 佐藤は、数秒間、固まった。どうすればいいのか。理子はどこに行ってしまったのか。そのまま意識が飛んでいきそうになったが、どうにか力を振り絞った。靴を履いたまま、とりあえず、部屋の中へと上がり込む。
 リビングにも、キッチンにも、浴室にも、いない。
 部屋から出たのなら、理子は、いったい、どこに行ってしまったのか。