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◯拷問投票98【第二章 〜重罪と極刑〜】

 会話の中でとくに盛り上がったのは、検察官と弁護人についての話題だった。検察官はどちらも怖い感じで、友達にはなれそうにない。弁護人は荒唐無稽なことを主張するので、会話が成立するかどうか、定かではない。
 ことに事件に熱心に取り組んでいる三番は、ほうれい線をより深めて、「弁護人が次から次に変なことを主張するのは、なんだか、解せないんですが」と不満を漏らした。ほかの裁判員も、共感できるのか、うなずいている。
 田中裁判長は、かすかに笑いつつ、穏やかに言った。
「たしかに性格は悪そうですが、ああいう仕事なんです。被告人も人間。人間の命に関わる問題について慎重に吟味するために、ひとつひとつ可能性を提示している。どちらにも正義がある、と言えばいいのか。我々が片方の主張のみに耳を傾けるようになったら、判断を誤るかもしれません」
 田中裁判長は、そこでお得意の切り替えを見せた。きりっとした表情になり、声音も少し変わる。
「常識的におかしな主張かもしれませんが、はなから弁護側の活動を否定するような先入観は持たないでください」
 裁判官として長年に渡って職務に従事してきた経験から出たのだろう言葉は、ぐっと胸に響いた。
 正しいと思えば、人間は他者を殺すことができる。
 死刑囚に同情する人なんて、たとえ冤罪の可能性を信じているのでなければ、そんなに多くはない。正しさというのは思っているよりも柔軟で、ときに殺人――死刑――さえも正しいものと認定することができる。
 だからこそ、「正しさ」について全身全霊で考え尽くさなければならない。
 この人は本当に殺されるべきなのか。この人は本当に拷問されたとしても仕方のない重罪を犯したのか。
 極刑を発動するのは、死刑のボタンを押す刑務官でもなければ、精神を崩壊させる薬剤を注射器で投与する医師でもない。極刑を正しいと判断する人間の思考が、死刑制度を存続させ、死刑判決を下してきた。拷問投票などという歴史上類を見ない悲劇的な制度さえ、民主主義の名のもとに生み出してきた。
 この十一人のメンバー、あるいは九人のメンバーで、それらの究極の選択について悩まなければならない。
 ――理子を抱きしめたい。
 佐藤は、柔らかくて温かいあの感触に、すがりたくなっていた。