見出し画像

◯拷問投票214【第三章 〜正義と正義〜】

 その途端、目に飛び込んできた。
 なんだ、これは、と佐藤は息をのむ。
 ひとつの投稿が、現在進行形で、急激に拡散されている。投稿されてから一時間も経っていない。
 アカウント名は、『匿名さん』だ。なんらかの音声データを添付したうえで、ニュース速報のような簡潔な文章が表示されていた。
『平和刑法の会の不正を思わせる音声データが流出。裁判員の買収か。裁判員を辞退させることで裁判を妨害した疑いが浮上』
 もちろん、文章を理解することは簡単だったが、その意味するところをするりと飲み込めない。
 衝撃が身体を貫いていた。
 どういうことだ、なんなんだ、という疑問が噴出する。
 そんな自分を滑稽だ、と笑うための余裕も、どこかに消えていた。佐藤は、ディスプレイに釘付けになったまま、かすかに呼吸が乱れている。
 正確に言えば、意味を汲み取れないのではなく、汲み取った意味を受け止めるための感情的な礎が欠落しているだけなのかもしれない。佐藤自身が裁判員であった――現在もそうである――だけに、『裁判員』という言葉が登場すると、他人事として客観視できない。なんだか、自分に対する糾弾のようにも感じる。
 少し冷静になろう。佐藤は、ゆっくりと息を吐いた。
 たしかに裁判員として今回の事件を担当したが、買収されたのは自分ではない。心の中で、自分自身に告げる。最後まで逃げずに、犯人への死刑判決を確定させるまで、全力で挑んでいた。なにも、糾弾されるようなことはしていない。当然の事実をなぞることで、心を落ち着かせた。
 いまいちど短い文章を読む。
『平和刑法の会の不正を思わせる音声データが流出。裁判員の買収か。裁判員を辞退させることで裁判を妨害した疑いが浮上』
 この投稿が示していることは、明らかだった。
 平和刑法の会が、おそらく金銭等で裁判員を買収し、審理の途中で裁判員を辞退させることにより、一時的に審理を中断させることで、裁判の円滑な運営を妨げた、ということである。
 実際のところ、今回の裁判では、途中で、裁判員の三人が辞退していた。どういう理由で辞退したのかは知らない。裁判員法上、裁判員が辞退することは想定されており、辞退すること自体に法的な問題はない。
 だが、もしも買収されて辞退していたとするなら、お咎め無しとはいかないだろう。辞退させたほうも同じである。裁判員に接触することも、請託することも、法的に禁止されているのだから。