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◯拷問投票124【第二章 〜重罪と極刑〜】

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「評議というのは、賛成と反対に分かれた議論というよりは、どちらかといえば合意へと向かうための話し合いです」
 こじんまりとした合議室の中央に置かれた、大きな円卓。
 佐藤の隣に座している右陪席の坂口裁判官は、普段着のままで、円卓を囲む裁判員たちに話しかけた。
「自分の考えや感覚に固執するというのは歓迎されませんし、なにがなんでも最後まで貫き通すのだという姿勢はやめてほしいです。意見を変えることは、ここでは恥ずかしいことではなく、当然のことなので、自由に、あっちにいったり、こっちにいったり、そういう姿勢でもいいのだと思っていただければ、ありがたいですね」
 そのほか、評議に入るに際して気を付けてほしいことについて、田中裁判長からも、右陪席の神田裁判官からも、説明があった。法廷では法服を着ていたが、どちらも坂口裁判官と同様に、普段着であった。
 ピンと背筋を伸ばして凛々しい表情を崩すことのない神田裁判官の背後には、ホワイトボードがあった。そこには、第一の事件についての被告人の証言をまとめた証言整理表が掲げられている。
 ホワイトボードのあるところと円卓を挟んだ向こうの隅には、ふたりの補充裁判員がパイプ椅子に座している。補充裁判員は評議には参加できないが、列席することはできるようだ。
 もう何度も聞かされた原則であるが、いまいちど、田中裁判長から、「疑わしきは被告人の利益に」について確認があった。無実の者を裁かないためには、犯罪者を野放しにするリスクも負わねばならない。
 事あるごとに説明を受けているので、もはや、佐藤の胸の奥にまで合言葉のように染みついている。
 そのまま第一の事件についての評議に入る前に、田中裁判長が、検察側と弁護側の主張の相違について手短に説明を始めた。
「ちょっと、手元の資料を見ていただきたいのですが……」
 円卓を囲む合議体のメンバーのそれぞれの手元には、検察側から提示された論告の資料と、弁護側から提示された最終弁論の資料がある。
どちらも、証拠構造を図式化して、わかりやすく書かれている。
 パット見では、樹形図みたいな感じだ。これこれの証拠からこれこれの事実を認定することができ、これこれの間接事実を組み合わせていくと、これこれの犯罪事実を推認することができる……など、リンクとノードで示されている。単純明快なので、争点を見失わないで済みそうである。
「とまあ、双方の主張はこんな感じなのでありますが、確認すべき事項も多いですから、時系列順に見ていくことにしましょう」
 田中裁判長の指揮で、ついに具体的な話し合いへと移った。